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倦怠の勿忘草

“汚れつちまつた悲しみは 倦怠のうちに死を夢む”

「死に至る病」と言葉:2

 

 

私には同い年の従兄弟がいます。同じ高校で一緒に勉強してきた仲で、どんな友人よりも心を許せる関係であり、他の誰より打ち解け合っていると思っています。

 

彼の弟、同じく私の従兄弟とも言える男の子なのですが、彼も私たちと同じ高校で勉強と部活を頑張っていました。ところが、もうすぐその高校を辞めてしまうのです。彼は昔から病気がちで、学校を休むことが頻繁にありました。さらには、部活で足を怪我してしまい、歩くこともままならないということで、一時休学していたのです。しかし、高校の授業は彼に構わず進んでゆき、彼はすっかり周りに置いていかれる形になってしまいました。

 

足の怪我が快方に向かい出した頃、彼は再び学校に通い始めたのですが、腹痛を原因にして早退を繰り返すようになり、遂には全く学校に行けなくなってしまったのです。

 

理由は多様に考えられますが、彼の話を聞いたところ、いじめなんかは全く無かったそうで、主な原因となったのは、勉強の遅れからくるノイローゼだったようです。

 

そして、なぜだかわからないが人とまともに話せなくなったとも言っていました。以前から人見知りではありましたが、仲の良い友達の前では明るく振る舞うような子で、ここまでコミュニケーションに不安を感じているとは、彼の両親共に、いつも近くにいる私たちにも予想のできないことだったのです。

 

現在、彼は休学していますが、来年の春から通信制高校へ転校することが決まっています。

 

ある日、私は彼の母親から相談を受けました。どうやら、学校から解放されたことで家に引きこもるようになったそうで、どうにかして外に連れ出してほしい、という内容でありました。

 

私は夏休みに帰省している間、できるだけ彼と彼の兄(初めに紹介した同級生の従兄弟)と時間を過ごすようにして、海に行ったり、映画を観たり、彼が何かきっかけを掴めないものかと試行錯誤していたのです。

 

夏休みが終わりに近づいても、彼は私たち以外にあまり心を開きません。一ヶ月では無理だったかなぁ、なんて考えているころ、彼がある本を持って話しかけてきました。

 

「兄ちゃん、死に至る病ってなに?」

 

彼が持っていたのはキェルケゴールの「死に至る病」、私が「暇なら本でも読めば?」と言って渡したなかの一冊でした。読んでみたけどイマイチ意味がわからなかったようで、私に聞いてみようと思ってくれたのです。

 

死に至る病ってのは絶望のことだよ」

 

「それは書いてあったからわかる」

 

「じゃあなにが聞きたいの?」

 

「…キェルケゴールは、絶望を克服できたのかな?」

 

「さあね…。でも絶望を克服しようとしてその本を書いたんじゃない?…〇〇は弁証法って知ってる?」

 

 

 

…てな感じで、彼に少しだけ哲学を語りました。テーゼとアンチテーゼがあること、そこからジンテーゼが生まれること、キェルケゴールが絶望に対して、弁証法を用いて向かい合ったこと…。熱心に聞いてくれたのでとても楽しく時間が過ぎ、一通り話し終わった後に、彼は学校が嫌になった理由をポロポロとこぼし始めました。

 

「兄ちゃんたちは学校大変だった?」

 

「うん、毎日寝不足で大変だったね。〇〇も見てたでしょ?受験勉強ってのは誰がやっても大変だよ。」

 

「…見てた。俺も兄ちゃんたちみたいに勉強すれば、お母さんやお父さんも喜ぶかなって、同じ高校に入ったんだ。だけどスグに嫌になった。いつも兄ちゃんたちと比べられて、足を怪我したときも、お母さんは勉強しなさいってばっかり言ってきた。なんで勉強にしがみつかなきゃならないんだって思って、いつもお母さんに反抗してたんだ。」

 

「それで学校が嫌になったの?」

 

「…学校に戻ればまた普通に勉強できると思ってたら違ったんだ。教科書が新しいヤツに進んでいて、前の内容を理解していないと授業の意味もわからない。課題を出されてもわからないからいつも提出できなかったんだ。なんだか恥ずかしくなって、友達とも話せなくなっちゃったんだと思う。もうみんな自分のことなんて見てないんだって思うと、何にもやる気が起こらなくなった。」

 

「…なるほどね、それは逃避型の絶望じゃない?兄ちゃんたちみたいに勉強して大学に行くっていう理想から逃げてたんだね。そして途中から攻撃型に変わった。お母さんや病気のせいで勉強が出来なくなったんだと思うことで、自分の身を守っているんじゃないの?」

 

「…そうなのかな…。」

 

「んーまあ、それは自分で考えるしかないよね。もしも〇〇が絶望を乗り越えたいのなら、キェルケゴールの哲学と、彼の絶望に向かう姿勢は役に立つと思うよ。また聞きたいことがあったら話しにきていいから、待ってるよ。」

 

 「うん、おやすみ。」

 

その日からしばらくして、彼は机に座って勉強するようになりました。呑気なもので鼻歌なんか歌いながらですが、少しは前向きになれたのだと思います。

 

さて、前回の記事では「死に至る病」の内容を紹介しました。「死に至る病」を読んでから、私には絶望と言葉が深く関係を持っているのではないかと思えてなりません。なぜなら、絶望するためには言葉が必要であると考えるからです。

 

ひとは誰も心のなかに物語を描いています。「自分はこうなりたい」「こういう人間でありたい」という理想の尺度となる軸を持っているのです。当然、物語というくらいですから、言葉を知らないとこれは作れません。そしてこれは、ひとが意識して作ろうとしなくとも、ごく自然に、無意識の世界で描かれているものなのです。

 

絶望はどのようにして生まれるか。それはこの無意識に描かれていた軸が、何か外的な衝撃(トラウマ)や、その物語を根底から否定してしまうような他の物語、または言葉によって折れてしまったときに生じているのではないでしょうか。 私の従兄弟の場合、彼の兄と私のように勉強することが彼の物語でありました。物語の軸は家族の存在、お母さんや私たちからの承認であったのではないかと思うのです。しかし、私たちはそれぞれ独り立ちしてしまい側に居られず、怪我や病気で勉強が上手くいかなくなれば焦りを見せる母親、彼は完全に頼るべき軸を失っていたのです。今夏の間、私たちと過ごしたことで、また新しい軸と物語を作ること、もしくはその足がかりとなる土台を見つけることに成功したのならば、彼は心機一転、新たな舞台に乗り出すことができるのだと思います。

 

私の従兄弟の例をみていると、弁証法は絶望を克服する心の動きと似ていることがわかります。テーゼが初めに描いていた物語であり、そこに物語を否定するアンチテーゼが生まれる。その二つがぶつかり合うことで融合し、オリジナルストーリーとアンチストーリーのどちらでもなく、どちらの要素も含んでいるジンテーゼとして、新しいストーリーが生まれていく。まさに、弁証法が「死に至る病」を癒してくれているのです。弁証法は論理であるため、これも言葉がないと成り立ちません。

 

言葉を使って思いを伝える人間、言葉があるからこそ、喜怒哀楽が豊かになり、悩みも増えてしまいます。 ひとが我を忘れて怒りをあらわにするとき、私はひとの胸のうちに流れている言葉の存在を強く感じるのです。物語を描いて過ごしている私たちは、物語を否定する事物に敏感になります。例えば、学歴という物語を大切にしているひとは、学歴など意に介さない考えのひとを嫌います。性的な属性を物語に付属させているひとは、その反対となる属性を異常に嫌うのです。言葉の感性が豊かなひとほど、この傾向が顕著に現れるのだと思います。

 

 

現代に生きる人々は、物語を軽く扱いすぎではないでしょうか。物語が溢れているために、物語を批評することに慣れてしまったのでしょう。物語を批評するということは、ひとの心を捻じ曲げる行為となってしまうリスクを背負っているのです。胸に物語を意識的に持っているひとは、相手の物語も尊重するようになるでしょう。物語が無意識の世界に閉じ込められていれば、相手の物語が自分のそれとそぐわない場合には物語を踏み躙っても大丈夫だと安直に考えてしまいます。ひとの物語を否定するということは、そのひとの人格を丸ごと否定するということにもなりかねません。すべては物語が主人に放置されているから起こってしまうのです。

 

物語を意識するには、読むこと、書くこと、そして語ることです。外に出した自分の物語を客観的に観察しておけば、もし「死に至る病」を患ってしまったときにも、すばやく対応できるでしょう。些細なことでは動じなくなります。あなたの物語は、あなたを支える軸として躰を貫いているのです。他人が理解できないとしても、攻撃するより先に相手の物語を想像してみればよいのです。それが真に相手を理解するということでしょう。物語を読み取る力と、描き切る力は、対人関係を上手く保つことにも役立つのではないでしょうか。

 

 

あなたの物語を聞かせてください。 

 

 

 

 

 

物語

 

 

胸のなかで、何かが流れている。ぐるぐると回っているようで、またマグマのようにゆっくりと下降している。

 

物語という芸術の一形式がひとが言葉を話すようになってから現在まで、何度もその危機に晒されながら、あらゆる芸術の根底から逃げも隠れもしていないのは、疑いようのない事実である。

 

ひとが物語を作ったのか、物語がひとを人たらしめているのか。そのような議論をやってみても、その答えを証明してくれるものはどこにもない。ところが言葉というものの動きをよく観察してみると、どうやら意識の周りを飛び廻っている言葉がひとの感情と引き合い、融合してから脳漿の海に沈んでいくようだ。そうしてひとの無意識に沈殿してゆく。つまり、言葉はひとの感性の媒体として、私たちの内部に堆積しているのだ。

 

語彙というのは単語をどれだけ知っているかではない。言葉と感情の融合体がどれだけ無意識に沈んでいるかである。語彙が豊富になれば、それらがまた寄り集まって、次第にある道筋を作り始める。これが人間が生まれて初めて体験する「物語」と呼ぶべき創作ではないか。そして肉体の存在する時間のなかで、「私」はどこへ向かうべきか?という問いと共にその物語が大きくなっていくのだ。

 

ここまでの行為が、当人に意識されていることは少ない。日記をつけるだとか、誰かと対話するだとか、外部に出力することで人間は無意識から物語を引き揚げ、その軸を意識するようになる。その軸を強く意識すればするほどに弾性が失われていき、折れやすくなってしまう。しかし、全く意識されていない言葉と感情はどう動くのかわからない。どう動くのかわからないということは、ひとを不安にさせるであろう。不安でしかたない人々は、他の人が描いた物語を求めるようになるのである。他の軸を自分の軸に充てがうことで、その不安定性を解消しようとしているのだ。

 

このような物語の楽しみ方は不正であると言いたいのではない。物語にそのような力を求めても、人生の偶然性がそれを受け入れてくれるとは限らないと覚悟しておくべきだと言いたいのである。太宰治の刹那的な生き方に美しさを感じるのは結構だが、彼はきっとあなたを裏切るだろう。あなたはいつか彼を恨むことになる。太宰治の物語が現代で不思議な魅力を持ち、また多くの人に読まれているのは、人間の弱さを肯定する物語の軸の需要が高まっているからではないか。彼の自己愛と自意識が、若さのそれと強く引き合っているのである。

 

物語が一本の軸を描いたものであり、ひとの生活というものも同様に、無意識に作り出された一本の軸を基に成っていると知る読者は、決して他人の軸を己の軸と近づけようとはしないだろう。物語を読むということは、己の軸と、そこにある人物が作っていく軸とを比較したり、時には強く共鳴しながら、それを観察していくことである。もしも物語がひとの無意識に何か変革をもたらすのならば、軸は一度言葉に分解され、読者の意識の周りを飛び廻り、読者自身の感情によって捕らえられなければならない。その過程を飛び越して軸をそのまま貼り付けてしまえば、自分で作った軸の自由は固定され、曲げようにも曲げられず、動かせば徐々に歪な形になっていくのではないか。軸の弾性を失えば、ひとは怒り易くなるようだ。

 

フィクションが楽しめないという。フィクションが嫌なのではない。他人の軸を観察して何になると思っているのだ。そのとおりだ。他人の軸を観察して得られるものなどないだろう。彼はノンフィクションも楽しめないはずである。現実に起こったことであっても、他人の軸であることは変わらない。歴史はノンフィクションであるか。歴史とは、史実を基に人間が後から脚色、並び替えを行ったフィクションである。ノンフィクションとは何だ?つまらない日常のことだ。日常は偶然の連続であるか。非日常とは必然の連続であるか。要するに、フィクションと名が付いていようが、ノンフィクションと変わるところはそれが偶然であるか必然であるかの違いである。フィクションが楽しめない?単に必然性を嫌っているだけである。必然性の美しさを知らないだけである。

 

どうして必然性に嫌悪を抱くのだろうか。人生はそう上手くはいかないと知っているからだ。しかし、日常のなかにも必然はある。花がどうして美しいか。日が落ちていくのを見てひとは感動する。そこに、毎日裏切らずに訪れてくれる自然の必然性をみるからではないか。理想は叶わないものでないと気に食わないのか?叶わぬ理想を描く人間の悲哀を知っているのならば、その活動に囚われた人間の美しさを理解できるはずだ。嫉妬心は捨てよ。

 

 

人生の偶然性に心を折られ、芸術が描く必然が無価値にみえるならば、自分で世界を描き出してみることだ。必然を作り出すことの苦しみ、その尊さを実感するより他に道はない。美しさを知りたいならば、美しいものを前に据え置き、じっくりみつめることだ。本を読んでいても美に関する想像力は育たない。街に出るのだ。風の気まぐれを知ろう。空の寛大さを知ろう。海の恐ろしさを知ろう。花の儚さを知ろう。美はどこかに置いてあるのではない。各人の経験のなかに、無意識の言葉の海のなかに、静かに佇んでいるものだったはずだ。理屈の上に花は咲かない。堆積した土に種が落ち、水や養分を与えて花は咲くのである。批評が芸術への復讐へと成り下がったときに、花は枯れてしまうのではないだろうか。

 

 

「死に至る病」と言葉。

 

 

 

次の文章は、キェルケゴール著「死に至る病」の冒頭です。

 

「この病は死に至らず」(ヨハネ伝十一・四)。それにもかかわらずラザロは死んだ。

 

…一体人間的にいえば死はすべてのものの終わりである、ー 人間的にいえばただ生命がそこにある間だけ希望があるのである。けれどもキリスト教的な意味では死は決してすべてのものの終りではなく、それは一切であるものの内部におけるすなわち永遠の生命の内部における小さな一つの事件にすぎない。キリスト教的な意味では、単なる人間的な意味での生命におけるよりも無限に多くの希望が、死のうちに存するのである、ー この生命がその充実せる健康と活力のさなかにある場合に比してもそうである。

 

それ故にキリスト教的な意味では、死でさえも「死に至る病」ではない。いわんや地上的なこの世的な苦悩すなわち困窮・病気・悲惨・艱難・災厄・苦痛・煩悶・悲哀・痛恨と呼ばれるもののどれもそれではない。それらのものがどのように耐え難く苦痛に充ちたものであり、我々人間がいな苦悩者自身が「死ぬよりも苦しい」と訴える程であるとしても、それらすべてはー かりにそれらを病になぞらえるとしてー 決してキリスト教的な意味では死に至る病ではない。

 

キリスト教キリスト者に対して、一切の地上的なるもの、この世的なるものについて、更には死そのものについてさえもかくも超然たる考え方をすることを教える。人間が普通に不幸いな最大の災厄と呼んでいるものすべてをキリスト者がかくも誇らしげに眼下に見下すとき、彼は高慢にならざるをえないようにさえ思われる。だがそのときキリスト教は再び人間が人間としては知らない悲惨を発見したのである、ー 「死に至る病」がそれである。

 

キェルケゴールは、自身を抑圧的に育てた父親から明かされた罪によって、自分は神の呪いを受けているのだと自暴自棄になり、一時は頽廃的な生活を送っていたそうです。「死に至る病」を書いたのは、そんな絶望から弁証法的に抜け出した後のこと。つまり、彼が絶望を克服できたのは、弁証法によって新たな絶望、すなわち「死に至る病」を定義したことによるのです。

 

今回の記事では、「死に至る病 」とはいったいどういうものか。キェルケゴールの論理に則って、考えていきます。

 

先に弁証法を解説しますね。

 

弁証法とは哲学におけるひとつの論理形態のことです。ヘーゲルという哲学者が提唱しました。

 

論理形態といっても、難しい考えではありません。それは「変化の法則」とも言えます。ある物事が変化するときに、三つの階段を登るというものです。

 

一つ目の段階は、テーゼ(正、または自)です。ある物事の生まれたままの形、第一形態ということですね。

 

二つ目の段階では、テーゼ内部からある反抗分子が生まれます。これがアンチテーゼ(反)です。テーゼとアンチテーゼが互いに引き合い、ぶつかり合う状態と言えるでしょうか。

 

そして、三つ目の段階がジンテーゼ(合)です。テーゼとアンチテーゼが衝突して混ざり合った状態、正でも反でもない新しい形のことです。

 

ジンテーゼはまた内部からアンチテーゼを生み出し、対立していきます。これが弁証法です。つまりは対立から新しいものを生み出そうとする動きのことですね。ヘーゲルはこのような変化の繰り返しのおかげで、人間の精神や思想が発展してきたのだといいます。

 

キェルケゴールはこの弁証法によって、「絶望」という人間の心理状態を哲学します。結論から言うと、「死に至る病」とは絶望の弁証法によって生まれたジンテーゼ、新しい絶望の形なのです。

 

それでは、キェルケゴールの哲学に入ります。弁証法的に行くので、まずはテーゼとアンチテーゼを示しますね。

 

最初にテーゼとされる絶望は、「自己の本質を知らない絶望」です。

 

絶望の最も初歩的なもので、私がこれを一言で表すならば、「享楽的な絶望」と呼びます。誰にでも、この絶望と共鳴するところはあるのではないでしょうか?

 

世の中は、経済だとか、政治だとか、なんだか理解できないような仕組みで回っていますよね。芸術の前でも、才能という壁を厚く感じてしまいます。人間が自分の生きる道に迷ったとき、はじめにやってみるのは享楽に走ること、ではないでしょうか。

 

この絶望の裡にある人間は感性的な考え方に偏り、今さえ良ければいい、気持ち良ければいいと開き直ったような態度をとります。

 

こうした人間には主体性がなく、周りの空気、時代の潮流に流されるようになってしまうのです。

 

また、常に刺激がないと虚無感に苛まれてしまうので、何かに没頭して人生を傾けてしまったり、お酒やお薬の中毒になったりで、良い事はなさそうです。

 

ところが、この絶望にあるひとは、自分が絶望しているとは思っていないことが多いのです。

 

現代ならば殊更、刺激が溢れているために、そこに溺れることで絶望の意識は次第に無意識のうちに溶け込んでしまいます。

 

更に、この絶望の状態にある人間は、外からの影響で動かされているので責任能力を持ちません。何かを問い詰められても、自分は率先して関わってないから知らないと投げ出してしまうのです。

 

先行きの不明瞭な状態に絶望し、何に抗うこともなく支配に甘んじて生きていく。

 

耳の痛いあなたも、今は楽しいかもしれませんが、実は無意識で絶望しており、いつか心のバランスが崩れてしまうかもしれない、ということです。

 

さて、アンチテーゼを示します。それは「自己の本質を知っている絶望」です。

 

「自分とは何か?」という疑問に答えを見つけてはいるけれど、それが実現されないことで起こる絶望ですね。理想と現実のズレに、そしてそれがどうしようもないということに思い悩んでしまいます。

 

この「自己の本質を知っている絶望」をキェルケゴールは、更に二つに分類します。

 

その一つは、「自己の本質を知っているが、その本来的な自己になろうとしない絶望」です。

 

名前が長いとか言わないでください。

 

…しょうがないですね、短くします。

 

私がこの絶望を一言で表現するならば、「逃避型の絶望」と呼びます。

 

「はたして、描いた通りに自己を実現できるのか?そもそも、自分に自己を実現するほどの価値があるのか?」と考えて、自信を失ってしまった状態と言えます。

 

自己の選択する自由には、自己責任が伴いますね。その自己責任に対する恐怖心もあるのかもしれません。

 

しかし、逃げても逃げても、理想は脳裏にはりついてきます。どこまでも逃げ続けた結果、孤独に死を選ぶということにもなりかねない絶望の形です。

 

ではもう一つの絶望を、それは「自己の本質を知っているが、非本来的な自己になろうとする絶望」です。

 

はい、短くいきましょう。

 

これは「攻撃型の絶望」と言えそうです。これは自分の理想が叶わないことを他人のせいにして、責任転嫁をしてしまう絶望です。

 

自分は自己実現のために頑張っているのに、環境がそれを認めてくれなかったり、周囲の人が正当に評価を与えてくれていないと感じたりすると、「どうしてなんだ!」と憤ってしまいますよね。そうして、理想の自己の姿を湾曲させてしまいます。

 

捻じ曲がった自己を主張するくせに、その責任を求められると「自分をこうしてしまったのは自分以外の責任だ」と言い出し、その被害者意識からくる正当性を武器にして、周囲の人間を傷つけることに躊躇いがない状態です。とても危険な匂いがします。

 

さて、結局三つの絶望の形を知れました。ここから全く新しいジンテーゼを生み出します。

 

と、言いたいのですが、ジンテーゼとは、テーゼとアンチテーゼを示した時点ですでに見えてくるものなのです。

 

私もこの先にある絶望がどんなものであるか、はっきり理解しているわけではありませんので少し抽象的な言い方になりますが、ここまできて示さないわけにはいかないと思うので少し話しましょう。

 

先ずは、「自己の本質を知っていること」は前提条件として良さそうです。自己の本質を知った上で、それを実現しようと努力しなければなりません。

 

しかし、完全に実現できることなんて、なかなかないのだと思います。それでも、逃避せず、周囲を攻撃することなしに、立ち上がっていくしかない。これこそがジンテーゼとして表れた真の絶望、死に至る病なのかもしれません。

 

キェルケゴールはここに示したように、弁証法を用いてその思考を深めていきました。

 

私は更に考えを深めるために、ヘーゲル弁証法に立ち戻りたいと思います。弁証法が起こるためには、テーゼのうちからアンチテーゼが生まれなければなりません。

 

ヘーゲルによると、この分裂のエネルギーを生むものとは、人間の心に起きる「疎外」の感情であるそうです。

 

何か変だなぁ、何か違うなぁ、という感情のことです。

 

ある正しさの前で、人間はそいつへの敵意を無意識に感じています。その感情こそが、アンチテーゼを生み出すエネルギーとなるのです。

 

あなたが絶望するとき、きっと心のなかにこの感情が湧いているのでしょう。それを掬いとって、テーゼと対立させなければならない。

 

逃避や攻撃に転じるかもしれないその危うい感情を、自分自身の大切な感情として、正当に扱ってあげなければならないのです。

 

死に至る病」、その概要は伝わったでしょうか?絶望の前で私たちはどうすべきなのか、簡単にはわからない問題であるだけに、目を逸らしがちですよね。

 

キェルケゴールの哲学は、実存主義哲学に分類されます。いま、私たちがどうあるべきか?という問いに向かっていく哲学のことです。彼は弁証法を用いてこの問題に立ち向かいました。弁証法が起こるためには、自身の無意識を見つめて、疎外の感情を大切に扱わなければならない。

 

私はこの哲学に触れ、更に実践するためには、ここに関わる重要な因子として言葉があるのではないかと思いました。

 

「絶望にはいつも、言葉が伴っているのではないか」

 

次回の記事でその問題を考えていきたいと思っています。

 

長くなりましたね。最後まで読んでくれたことが嬉しいです。ありがとうございました。

 

目玉

 

耐えよ、耐えよ。

 

わたしはわたしのみで満足するのだ。

 

自分自身の眼で自分自身を観察し、承認してあげるのみである。

 

ひとの眼など信用するな。

 

ひとは汚れた眼でお前を見るだろう。

 

そこにおいては承認も、無関心も、好きも嫌いも汚れている。

 

全ては利己的な目論見によるものだ。

 

彼らは水槽に群がる見物人である。

 

 

「デメキンは気持ちが悪い」

 

「デカいものが良い」

 

「優雅に泳いでいるものはどいつだ」

 

「もっと見栄えの良いものはおらんか」

 

 

見物人というものは、なんとも汚らしい虚栄心を晒してくれている。

 

どの金魚が優れているかなど関係ない。

 

自分の水槽に入れて見栄えが良いか。

 

それだけが彼らの関心事である。

 

 

どうだ。

 

人の精神を見物して楽しいか。

 

懸命になって水槽を磨いている。

 

餌や石や草まで用意して。

 

全ては虚栄のため。

 

 

水槽でぷくぷくと泳いでいる。

 

可愛い奴ら。

 

どうら、少し驚かせてやろう。

 

ドンドンコツコツ。

 

一斉に翻る赤黄色。

 

ケタケタケタケタ。

 

 

ところが一匹。

 

事に動じず泳いでいる。

 

真に優雅なる者が泳いでいる。

 

 

真に優雅なる者は、逆さまになって泳いでいる。

 

腹を水面に向けて泳いでいる。

 

その躰から不自然に飛び出た目玉。

 

ギョロりギョロり

 

水底をみている。

 

 

見物人にはそいつが気にくわない。

 

完璧に磨いた水槽を汚すものであるからだ。

 

見た目が悪いからだ。

 

 

そうだこいつは、初めから気持ち悪いと思っていた。

 

見物人はそいつを網で掬い出し

 

ティッシュペーパーに放つ。

 

目玉がぐるりと回転し

 

見物人の眼をみた。

 

嗚咽が出る。

 

即座にティッシュペーパー丸める。

 

その塊をゴミ箱へ捨てる見物人。

 

彼は直前に、拳に力を込めた。

 

グチャり。

 

 

ゴミ箱の中には生臭い塊と

 

こぼれ落ちた目玉が転がっている。

 

… 

君の名は希望

 

 

あぁ

 

名を失った君よ

 

名を失い

 

皆の偶像となった君よ

 

私は君への愛情を

 

胸に流る清い水のような愛情を

 

 

君は詩であるから

 

詩の形で応えるしかないのだ

 

君に恋したあの日々を

 

いまここから振り返り

 

歌うことしかできない

 

またそれは

 

長い月日を経て

 

私の中に固まった

 

欠けることを知らない石

 

堅苦しい批評文のように現る

 

真っ黒い石であるか

 

 

君の旋律は

 

暗い洞穴に響く

 

水滴の音

 

孤独のなかに響く

 

癒しの音

 

水が堅い岩肌を砕き

 

手鏡のような穴を開ける

 

暗闇に差した一筋の光が

 

私の輪郭をそこへ映し

 

初めて私は私を見た

 

 

そうだ!

 

私があるということ!

 

ここにあるということ!

 

たとえ孤独であろうとも

 

私はあるのだ!

 

こんなに感動的なことがあるか!

 

足元が見える!

 

真っ暗闇ではない!

 

この洞穴の最果てが見えるのだ!

 

幽かに君の姿が見える

 

手を差し出し

 

光へと誘う君の影

 

…?

 

君に導かれ穴を出ると

 

そこは崖であった

 

波の音が聞こえる

 

夕陽が燃えて落ちようとしている

 

後ろには穴

 

前には

 

美しくも怖ろしい景色

 

…?

 

君はどこに消えた?

 

私が確かめた君の影は?

 

希望とは

 

何であったか

 

 

真実の叫び

 

私が

 

私であることの叫び

 

それは醜い声であった

 

君は私を見た

 

おかげで私は私を確認した

 

その表情の醜さ

 

感動のあまり

 

落胆する間も無く歩いたのだ

 

 

君は光か

 

私は確かに

 

君の姿を見た

 

その透明な色

 

君の名前は希望だ

 

いま私が

 

君への愛を歌うなら

 

君の名を「希望」と歌うのだろう

 

 

虚無であるということ:3「悲劇の誕生」

 

 

虚無について考えてきました。もはや私は虚無ではないですね。「何もない」ということを見つめ直すなんて、少し冷静に考えればおかしなことです。

 

しかし、前回の記事の「堕落論」を書いていて思いました。虚無ということは、何もないのではなく、何かが有り過ぎるのではないか。無限の所有の故に、何も持たないような様相となることがあるのではないか。透明な光を分解すれば、虹色となるように、虚無という性質の人間をよく観察すれば、そこに有り余る人間性を見れるのではないか。

 

根拠などありませんが、これはいまや私のなかで、疑われない事実となりました。虚無という言葉の本質は、無限性にあるのです。

 

ニーチェは元々、哲学者ではなく、ギリシア神話などを読み解いていく、古典文献学の教授でありました。そのなかで彼はギリシア悲劇に感銘を受け、初めての著作として「悲劇の誕生」を執筆したのです。

 

奇しくもこの著作の名の通り、ここから、ニーチェという悲劇的人間が産声をあげることとなります。

 

厳格な論理によって考えていくことが求められる古典文献学の教授が、自らの芸術的欲求を優先させた詩的な著作を出したことに批難が集まりました。同時期に彼は病床に臥し、教授の仕事を辞めて、放浪しながら原稿を書くという暮らしに一転してしまうのです。

 

ニーチェ著作はあまり話題にもならず、病気まで患ってしまった彼はニヒリズム的な思想へ偏っていきます。生による苦悩から、死の安楽を求めたことだってあったのかもしれません。彼は必死に考えました。

 

「人間が生を肯定するにはどうすればよいのか?」

 

絶望の淵に立ってもなお、生を肯定しようとしたのがニーチェ哲学の凄まじい点です。この文章の脈で言えば、虚無になって初めて、彼の哲学は動き出したのだと言えるかもしれません。虚無になって初めて、彼は生きようとしたのだと言えるかもしれません。坂口安吾の説いた「堕落」をニーチェは運命として受け入れていたのです。

 

「人間が生を肯定するにはどうしたらよいか?」という問いに、ニーチェは「超人」「永劫回帰」という思想を持って立ち向かいます。

 

これは著作ツァラトゥストラはかく語りき」に色濃く表れている思想です。

 

「超人」とは「人間」という生物を介し、「動物」という概念と対立したものとして解説できます。

 

イメージとして、「動物」から「超人」まで一本の綱が張ってあり、その綱を渡るのが私たち「人間」だと考えるとわかりやすいです。

 

あなたは人生という綱を渡るひとりの人間です。

 

「超人」を目指して進むか、人間の綱の上に黙って立っているかは、あなたの自由なのです。進めば綱が揺れるでしょう。あなたは人生から脱落してしまうかもしれない。心の中の「道化師」が綱を揺らします。(「綱」や「道化師」、これらはツァラトゥストラのなかで使われた比喩表現です)

 

「落ちたほうが楽さ。進んでもあちら側まで辿り着くかわからない。リスクを冒して進む必要なんてないだろう?」

 

このように、下降を望む思考を「ペシミズム」と言います。訳すと悲観主義ですか…ニヒリズムとの違いがわかりにくいですね。

 

私の解釈ならば、「ペシミズム」はマイナスで、「ニヒリズム」はゼロなのです。ウジウジとキッパリです。「この世界は悲しみに充ちている」と「この世界に価値などない」の違いです。なんとなくわかると思います。

 

もっと私的に語るなら、ニヒリズムにはある思想的なひらめきというか、「気付き」があるんです。「ああ、なるほど!世界は無価値であるか!」です。悲観は誰にでもできますが、虚無というものには、普通に幸せな人間であればまず近寄らないでしょう。

 

彼は「悲劇の誕生」という作品で「ペシミズム」についての考察を示しています。生を肯定する最高の芸術として、ギリシア悲劇を批評し、芸術であえて悲劇を描く詩人は「厭世家」であったのかということを問うているのです。彼はこれを否定します。

 

悲劇の主人公、つまり、悲劇に見舞われていく人間の性質は、ペシミズムや厭世家という言葉では充分に表すことができない。

 

悲劇とは、ある人物の希望や愛が、何か外的な作用によって邪魔をされ、歪んでしまうことで起こります。もしも、主人公が厭世家であれば、彼の理想を邪魔する環境に嘆き、逃げるでしょう。もしくは、早々に理想を折ってしまうかもしれない。そうなれば、悲劇など起こるわけがないのです。悲劇の主人公は、外的作用、即ち彼の運命とも言えるようなある現実を進んで受け入れる者であるはずだ。

 

ギリシアの悲劇詩人はどうして、このような作品に美を見出し、わざわざ悲劇として描いたのか。ニーチェは「悲劇の誕生」を書き上げた後に書き添えたという、前書きのような文章、「自己批評の試み」の中でこう語っています。

 

…根本的な問題は、ギリシア人が苦痛に対してどういう関係を持っていたかということ、ギリシア人の感受性の度合いなのだーいったいこの関係はずっと変わらなかったのだろうか?それとも何か急転換でも起こったのだろうか?ー。美に対する渇望、祝祭や歓楽や新しい祭式に対する欲求が、ギリシア人の場合、いよいよ強くつのってゆくのがみられるが、それがはたして欠乏や不足や憂鬱(メランコラリー)や苦痛から生じたものなのかどうか、というあの問題こそ、根本的な問題なのだ。ペリクレス(あるいはツキジデス)が大追悼演説で示唆しているようにーかりにその通りだったとすれば、それなら、時代からいえばその先にあらわれた、これと正反対の欲求、醜いものに対する渇望はどこからきたのかということが、問題になってこなければならぬ。ペシミズムや悲劇的神話、生存の根底にあるすべての怖しいもの・邪悪なもの・謎めいたもの・破壊的なもの・不吉なものの姿かたちに対して、古代ギリシア人ははげしい好意をよせているが、それはなぜかということ、ーつまり、悲劇はどこから発生せざるをえなかったのか?ひょっとしたら、悲劇は快感から生まれたのではないか?力から、みちあふれるような健康から、ありあまる充実から発生したのではなかったか?…

 

ギリシア人は、生の苦痛にどう対応していたのか?「美に対する渇望」が強くなっていく背景には、欠乏や不足や憂鬱があったのではないか?彼らはこれらの苦痛から逃れる手段として、いよいよ楽天的になり、これに立ち向かうのではなく、表層を論理で囲ってしまうことで解決したつもりになり、狂喜乱舞していたのではないか?そうしてギリシアは弱体化し、解体に至ったのではないだろうか。

 

ギリシアが活気に充ち、その魂が生命力に充ち溢れていたころにはむしろ、「醜いものに対する渇望」があったのだ。つまり、悲劇とは生命の充実を描いたものであり、人生の疑わしきものや嫌うべきものを率先して引き受け、肯定してしまう精神のことを悲劇的精神というのだ。

 

その生命力過剰の人間は馬鹿に見えるだろうか、私にはむしろ、溢れんばかりの知性が感じられるのです。

 

実際、悲劇的人間に人々は共感せざるをえないのではないでしょうか。理想と運命との交差点に立ち、妥協を選べば良いものを、理想を持ったまま運命の道を歩いていく姿に、切ないくらいの共感を抱いてしまう。

 

皆、心の端ではそうやって歩きたいと思っている。どうしようもなく、運命のまえで理想は重荷であり、運命に逆らうか、理想を捨てるかの二択であると思い込んでいる。

 

幸福を感じるために不幸を避けたり、善行をしようとして悪を嫌う。そんなことをしていれば、悲観主義に堕ちてしまうのが人間の性である。これを否定し、生を肯定するには、不幸や悪を愛するだけではなく、破壊さえ愛してしまうような生命力が必要となる。そんな生命力をニーチェは「ディオニュソス的」と表現し、これこそが、悲劇詩人が悲劇を描く動機であると言っているのです。

 

そうしてニーチェは、悪や不幸、さらには破壊までをも愛せよという思想を得たのでしょう。

 

しかし、いきなり愛せよと言われても、そんな簡単に愛せるものではありませんよね。

 

そこで彼が考え出したのが「永劫回帰」という思想です。人生は何度も繰り返すものであり、人生で起こった不幸も幸福も、またもう一度あなたを迎えることになる。

 

「そんなことあるわけない」と思いましたか?私もそう思います。「あるわけない」のですが、誰もそれが「絶対にない」とは言えないという点が、この思想の肝だと思います。つまり、考え次第でどうにでもなるのです。「信じるか信じないかはあなた次第」なのです。

 

信じればどうなるか。信じれば不幸を受け入れざるをえません。それがあなたの運命なのです。同時に、幸福だって運命として用意されています。不幸と幸福があれば、幸福を楽しみにしてなんとか生きていける気がします。

 

学校がどれだけ憂鬱でも、好きな女の子に会えると思えば躰が軽くなる。学校には絶対に行かなければならないのです。それならば、好きな女の子に会えるという事実と一緒に、「学校に行く」という事実も愛してしまえば楽しいですよね。この例えが正しいかどうかはわかりませんが、私はこのように考えています。

 

掟上今日子の備忘録」という小説を知っていますか?テレビドラマ化されたことで、有名になった作品です。彼女の生き様はこの「永劫回帰」の考え方と似ていると思います。彼女は一日で記憶がリセットされてしまう病気を抱えているのです。捉えようによっては、毎日寝るたびに死んでしまい、翌日にまた生き返ると考えられないでしょうか。彼女は一日限りの最速探偵として働いています。

 

「考えようによっては幸せです。毎日が新鮮で驚きと発見に満ちている」

 

忘却という運命を愛し、毎日が新鮮であることに喜びを感じている。彼女の底無しのポジティブさは、その悲劇的な運命を愛するための強がりかもしれません。しかし、今日一日を大切に生きようとする彼女の考え方に共感したひとが多いのではないでしょうか。明日には死んでしまうかもしれないと覚悟を決めた人間は逞しいものです。ニーチェはこれを「積極的ニヒリズム」として、実践しようとしていたのだと思います。

 

 

 

正直に言いますと、私は初めから、この「虚無とは無限性を持つことである」という実感を示すためにこの記事を書いてきました。書いてきたのですが、虚無という言葉が持つ意味は覆せません。虚無とは「何もない」ということです。

 

虚無という言葉の意味はわかった。では、人間が虚無という心理状態に陥ったとき、「どのようにして虚無と立ち向かえば良いのか」と考えを発展させるのです。

 

そこには、虚無を受け入れるという選択肢もあるのではないでしょうか。

 

価値を転換してみればいいのです。何もないということは、何にでもなれるということ。

 

思想的に何も持たないということは、一切の価値に捕らわれずに全てを見ることができるということだとも言えます。

 

私は、ひとが進歩するために、議論が必要だとは思いますが、口喧嘩をするのは好きではありません。口喧嘩を好むひとは、議論が好きなのではなく、相手を打ち負かすのが好きなのです。

 

力で勝てない相手に、言葉によって復讐して、快感を得ようとしているだけです。

 

議論というものを突き詰めれば、妥協点を探ることしかできません。ある論と論がぶつかり合い、新たな論を生み出すこと。それこそが議論の目標だと思います。決して自分の論の正当性を証明するために行うのではありません。

 

絶対の真理などないのです。ある状況に対し、解決するのに妥当な策が立ち現れるだけです。何かひとつの価値に縋っていても、全てにそれを押し付けようとすれば、必ずどこかで失敗します。

 

くだらない虚言を言わせてもらうならば、「絶対の真理などない」という真理だけがあるのです。

 

これはニヒリズムの根底にある考えですが、そこらの諦観とは全く違います。

 

絶対の真理がないのなら、随時更新されていく真理の動きに、こちらがついていけばいいではないか。

 

ニーチェが「永劫回帰」の思想に至ったのは、この転換があったからではないかと思うのです。

 

 

 

ニーチェの思想とニヒリズムを考えてきました。虚無を克服した「新しい虚無」というものがあるのかもしれないという結論です。

 

あなたの描く理想はなんでしょうか?それはあなたの運命と両立が難しいのですか?もしかすると、もう道の途中で捨てたというひともいるのかもしれません。あなたが捨てたからといって、周りの人も捨てることが当たり前だと思っていませんか?

 

理想なんて捨てたほうが楽だ。

 

確かにそうかもしれません。たった一度の人生なんだから、楽に生きたいですよね。

 

「楽に生きることが一番の幸せだ。」

 

素晴らしい哲学です。どこまでも自己中心的、現代のニヒリズム的な思想にぴったりです。

 

 

 

…はたして、そこで思考停止したままでいいのでしょうか?

 

 

 

 

 

老醜

 

 

大学生は夏休みが長い。

 

夏休みといってもやることを探すと色々あるもので、せっかくこの若い時期の長い余暇があるのだからあれもこれもとやっていると、「日も短いものだなあ」なんて思ったりします。

 

夏休みなので実家の長崎に帰省しました。やはりあの街の景観は綺麗だと思う。いまでこそ九州の端にある寂しげな田舎ですが、江戸幕府鎖国していた頃には日本唯一の玄関口として様々な文化を取り入れていたので、街を歩いていると立派な洋館や中華風の寺院が突然現れたりして楽しいものです。

 

キリシタンが隠れて信仰を続けた教会では、迫害されながらも信仰心を枯らさなかった人々の思いが、ステンドグラスを通して、土の床に鮮やかな影を揺らしています。そこに立てば私の心にも、彩りに溢れた祈りが映されているような気分になるのです。

 

平和公園の鐘が鳴ると、この街に流れてきた様々な暮らしのなかで捧げられてきた祈祷の念が、時間や空間、思いや境遇の違いを超えて街に響いているようです。

 

長崎の夜景は綺麗だと言われていますが、それは単に光の量が多いからではないと思います。港と大きな造船所、島と島を繋いでいる橋の下を大小様々な船が通ります。橋の上には自動車が絶えることなく走り、たくさんの光の筋を水面に描いています。街並みは四方を山に囲まれており、山の頂上まで、民家や歴史的建造物が並んでいます。そんな多様な風景が、一斉に光を放つのです。

 

稲佐山から見た夜景はとても綺麗です。私はそこから街を眺めながら、ふとこんな事を思いました。

 

美しい景色をみていると、自分の醜さを思わずにいられないですよね。さて、この風景を作った人間は、この風景に住む人々は、美しいのでしょうか。必ずしもそうだとは言えないのではないか。人間の美しさとはいったい何物によって表現されるのだろう。

 

アイドルが好きだと言うと、可愛い女の子が好きなんだと思われます。確かに、可愛い女の子は好きです。しかしもっと言えば、「美しいひと」をみてみたいのです。「美しいひとだ」と感じるとき、その言葉が形容するところは容姿のことだけだとは限りません。

 

例えばケーキ屋さんで、スーツを着た背中を曲げながら嬉しそうにケーキを選んでいるひとは美しいひとだと思います。

 

きちんと制服を着て、洋服屋さんでワンピースを羨ましそうに眺めている女の子は美しいです。

 

公園のベンチで新品のように整った文庫本を読んでいるひとがいました。誰かの姿を見つけたのか、隠すように本を鞄に入れて駈け出します。先には誰がいたのでしょうか?私はきっと美しいひとなのだと思いました。

 

どれだけ容姿が優れていても、ひとを蔑んでいるひとは美しくありません。自分のことしか考えずに、他人を攻撃しているひとは美しくありません。思い遣りを素直に受け取れず、顔を歪めるひとの顔は醜いものです。

 

老醜という言葉があります。ひとが歳をとれば見た目も身体能力も衰えてきます。愛するひとを亡くして、寂しさが募ります。眼前に現れた孤独と、どうやって付き合えばいいのかわからなくなります。いろんなことが思い通りに動かせず、思い通りにしてくれない周りの人を恨みます。死んだほうがマシだと思っても、いざ死を前にすると、その虚無感に打ち拉がれて、卑屈になってしまいます。力を失ったとき、人間の美しさはどこに表れるのでしょうか。

 

ひとを思う心、物を感じる心がなければ、死を歓迎できないのだと思います。あなたが時間を費やしている事は、死と並べてみると腐ってしまうものではありませんか?死の恐怖を紛らわすための慰めに時間を費やしても、それは死を避けているだけではありませんか?死を感じる機会が圧倒的に少ないこの国に生まれ、平和や愛を説いていても、日常に死の影が付き纏っている人々の生活など想像もつかないでしょう。私たちと、ニュースで当たり前のように死を撮影されている彼らに、どんな差があると言うのでしょうか?私たちだって、常に死の影を背負って生きているのです。自爆テロを繰り返す人々を笑うだけの余裕は、どこから来ているのでしょう?今、爆弾が落ちてきたならば、あなたは平静を保っていられるでしょうか?死を前にした老人のように、醜態を晒すことはないと言えますか?

 

長崎の夜景を眺めながら、そこに潜在する死の空気と、原子爆弾によって灰にされてしまった万物の祈りがあるのを感じました。ふたつは同じ平和の音色を奏でているはずなのに、不快な不協和音を響かせているようです。

 

 

 

私はいま、美しいのでしょうか?