倦怠の勿忘草

“汚れつちまつた悲しみは 倦怠のうちに死を夢む”

「女とポンキン」

以下の作品は、小林秀雄が大正十四年二月に、文芸誌「山繭」で発表した「女とポンキン」を、私が現代語に訳したものです。原文は『小林秀雄全集第一巻、様々なる意匠・ランボオ』(新潮社)を参照。 半島の尖端である。毎日、習慣的に此処に来る。幾重にも重…

とりとめのない話

17時45分。僕は愛しい記憶を追いながら16番ゲートをくぐっていた。機体が見えないで、蛇腹の搭乗橋を渡るのは些か不安です。揺れるのですが、意識しなければ気に留めるまでもない揺れの程度なのでした。並べては、取るに足らないその揺れさえも、とりわけ、…

月曜日の朝、スカートを切られた

めざめ。 シーツを四角に折ってベッドの端に揃える。クマのぬいぐるみとクジラの枕を並べ、スマホを充電から外すと、私は例のごとく部屋の写真を撮るのだ。 「おはよう」と手早くフリックし、画像を添付して送信する。どこに送っているのかわからない。だけ…

とケル。

五、「夜明は夢のうちに」 「日中から休みだったそうです。店主はどうにか蕎麦を一盛りずつ出してあげたいと…ただ蕎麦を打つ準備をしていないから無理なのだと言っていました…。」 先生は、かの薄闇の中から出てくる時分より続けて、いかにも「申し訳ありま…

とケル。

四、「山羊のツノ」 沈黙の中を、二つの影は進む。道に散らばる葉や土をざりざりと踏みしめながら、私は代わり映えのしない風景に飽きていた。とすれば足下から茶色いバッタは横へ跳ねて、先には不気味に漂うようなけもの道が続いている。突然、そこから何か…

とケル。

三、「暗夜行路」 電灯は五十メートルもの間隔を経てから、ぽつん、ぽつんと、ひとつずつ並んでいます。光は重なり合わずに、互い干渉しないような距離感でもってぼうっとしているのです。遮るものがなければ、光は間断なく綺麗な同心円を道端に落としてゆく…

無題

夜 静まるカーテンひるがえし 風が一脈吹きました 夜 鈴の音の鳴る夜に 靡く布地をカラダに絡め 息を詰ましておりました 夜 桃色靡かせ焼けた胸 すずろなる歌声に没すれば 夜 無垢なる信頼心は 恋に被さるれ 夜 強欲の罪は重なりて 罰せられたるは我が心 ー …

とケル。

二、「ミルクティー」 「そう口をぱっくり開けていると、どこやらか名も知れぬ虫が飛び込んで来ますよ?」 空を眺めてポカンとしている私に向け、先生が言った。「虫」と聞いて我に返り、私はキュッと唇を結ぶ。空は私の口から何かを抜き出して、さらに何か…

とケル。

一、「山吹色と桜色」 私はどこに来ているのか。 先生から教えてもらった「恵理」という停留所の名を頭の中で繰り返す。えり、えり、えり、えり。「駅前から乗れば370円で着く筈です」と先生は暢気に言っていた。整理券に書かれたのと同じ番号の下に「370」…

水鏡に咲く

四月九日、丁度日を跨いだ頃である。一頻り驟雨が降り、夜は霧に包まれていた。 霞んだ景色と潤む空気が目新しいので、私は好奇の心で外に出ていた。こういう日は、布団の中の方が却って寝苦しいものである。 造船に携わる人間や物資の運搬の為、戦後になっ…

ふかんしょう

よく、わかりません。 私、みんなの話す言葉が よく、わからないのです。 … 私、勉強は苦手です。 質問されている意味が よく、わかりませんから。 何を目的に、 どんな手引きで、 答えに導こうとするのか、 考えても考えても、 わかるはずがない。 わかるは…

恋愛詩「少女の涙」

朽ちた葉つぱのきいろい頬 くちびるの移りにたゆたへば 撫子のやうに朱く染まりき 飛沫か涙か 朱色を空に薫らせ 紫ぶく波は泡沫の恋愛詩 あゝ、その引力 君の悲哀は月の濡光となり 落ちゆく雫は一つの星 引き合ふ摂理の驚くべき吻合よ! 孤高の円環は閉ざさ…

恋愛詩「潮騒」

紫穂の香の 揺れるまに咲く 白浜に 紅い貝殻 ひらふ乙女よ ひとり あのこは なにを歌つてゐるのでせうか みはてぬあいを みつめるひとみ わたしは耳を澄まします みぎわに隠れた 声を探して しおらしく 寄せたまゆあひと しらまなこ 潮風に揺れる 黒いヴェー…

散りゆく美意識、坂口安吾『桜の森の満開の下』

…彼は始めて四方を見廻しました。頭上に花がありました。その下にひっそりと無限の虚空がみちていました。ひそひそと花が降ります。それだけのことです。外には何の秘密もないのでした。ー坂口安吾「桜の森の満開の下」 「春爛漫」なんて言葉が、過度に生々…

詩人の眼 ー「萩原朔太郎の詩心」

幼い頃の記憶である。小学校の傍に大きな楠を祀った神社があった。神主さんがいるのかどうかもはっきり知れないほど、人々に忘れられ、寂れた神社であった。 小学生の私と数人の仲間たちは、その神社に群れて住んでいる野良猫を可愛がっていた。数十匹はいた…

音楽

芸術や表現ということを考えていると、あるハッキリとした疑問に必ずぶつかります。 学校で習う学問は、問題があれば当然のように答えがあるものが大半でしょう。しかし、ただ習っているだけの私には、当然の裏にどれだけの、意識されずに放られている不可解…

紫陽花

堰を切ったように雨が降っております。 私は務めが終わって、自宅に最も近い駅のホームで雨宿りをしていました。古びた線路の隙間から、水の増した川が轟々と流れているのが見えています。雨の音なのか、川の流れる音なのか、神経を集中させなければ判別がつ…

紫陽花

あなたへ、 わたしはもう堪えられません。 あなたは、事ある毎にわたしへの愛を囁いてくれましたけれども、最期まで愛してると言いながら、結局わたしから離れていきましたわね。わたしも我儘な女ではありませんので、その理屈はよくわかるのです。わたした…

写実の世界

私は絵を見るのが好きです。しかし、絵に感動して、いったい誰が描いたのだろうという興味から、その作者名を一瞬は憶えても、それが二日ともったことはないと思います。 絵を見た記憶はずっと残るのですが、そのときの感動と作者名は、日を追うごとに霞んで…

朝日の報せ

悪い夢をみていた。 秋空が朝日で焼けている。カーテンの隙間から覗く橙の光が、漆の剥げた古い木製の棚に射し、目玉のような木目の模様を、ぼんやりとした空気の中に浮かべていた。 ぼくは悪夢を覗かれたような気分になって、咄嗟にそいつを睨み返したが、…

自己中

小学生の頃だったか、「ジコチュー」という言葉が流行っていたという記憶がある。ジコチュージコチュー、お前はジコチューだ、あいつはジコチューだと、みんなが喧しいくらいに言っていた記憶である。私は精神面の成長が遅かったようで、小学生の頃の記憶は…

アイドルとフェミニズム

私はアイドルが好きです。最近はテレビをつけると、意識して探さずともAKBグループに所属しているメンバーの顔を見ることができます。みなさんとても可愛らしく、慣れない芸能の世界の中で、生きていくために一生懸命なのだろうと思うと、胸が締め付けられる…

紫陽花

今日は一日雨でした。草木も黙る雨でした。 目が覚めても朝だとわからなかったわ。いつも日を反射して騒がしい白い壁も、今日ほどの雨だと憂鬱を隠せないみたい。黙り込んで灰色だったの。本当なら、起きたらすぐに支度をして、中島川の辺りを、眼鏡橋とその…

紫陽花

今朝は肌寒い秋風に起こされました。 わたしは秋の香りが好きです。淡い青色のカーテンを開けると、いつもの小川と野山の風景が、爽やかな風と一緒に舞い込みます。秋の景色は透き通った感じがありますわね。透き通った空気のおかげで、秋の香りはいっそう深…

ちえくらべ

さあ! ちえくらべのはじまりだ どっちがあたまのいいにんげんか しろくろつけてやるよ ルールなんてないさ さいごにあたまをあげていたほうのかちさ にんげんってのはあたまだけがでかいから しもわからん おともきけん いろもみれん かわいそうにちえくら…

「死に至る病」と言葉:2

私には同い年の従兄弟がいます。同じ高校で一緒に勉強してきた仲で、どんな友人よりも心を許せる関係であり、他の誰より打ち解け合っていると思っています。 彼の弟、同じく私の従兄弟とも言える男の子なのですが、彼も私たちと同じ高校で勉強と部活を頑張っ…

物語

胸のなかで、何かが流れている。ぐるぐると回っているようで、またマグマのようにゆっくりと下降している。 物語という芸術の一形式がひとが言葉を話すようになってから現在まで、何度もその危機に晒されながら、あらゆる芸術の根底から逃げも隠れもしていな…

「死に至る病」と言葉。

次の文章は、キェルケゴール著「死に至る病」の冒頭です。 「この病は死に至らず」(ヨハネ伝十一・四)。それにもかかわらずラザロは死んだ。 …一体人間的にいえば死はすべてのものの終わりである、ー 人間的にいえばただ生命がそこにある間だけ希望がある…

目玉

耐えよ、耐えよ。 わたしはわたしのみで満足するのだ。 自分自身の眼で自分自身を観察し、承認してあげるのみである。 ひとの眼など信用するな。 ひとは汚れた眼でお前を見るだろう。 そこにおいては承認も、無関心も、好きも嫌いも汚れている。 全ては利己…

君の名は希望

あぁ 名を失った君よ 名を失い 皆の偶像となった君よ 私は君への愛情を 胸に流る清い水のような愛情を … 君は詩であるから 詩の形で応えるしかないのだ 君に恋したあの日々を いまここから振り返り 歌うことしかできない またそれは 長い月日を経て 私の中に…