倦怠の勿忘草

“汚れつちまつた悲しみは 倦怠のうちに死を夢む”

紫陽花

 

今日は一日雨でした。草木も黙る雨でした。

 

 

目が覚めても朝だとわからなかったわ。いつも日を反射して騒がしい白い壁も、今日ほどの雨だと憂鬱を隠せないみたい。黙り込んで灰色だったの。本当なら、起きたらすぐに支度をして、中島川の辺りを、眼鏡橋とその他の十五もある橋を使って、あっちに行っては、こっちに帰る、そんな散歩に出るつもりでしたのに、雨の音の迫力を聞いて、すぐに観念して布団にもぐってしまったわ。

 

雨の日はなんだか、気分は沈んで知恵ばかりが働くみたい。嫌だわ。寂しくてたまらなくなるもの。いくら冷静になって考えても、この寂しさだけは拭えないわ。外は雨で騒がしいはずなのに、いつも気に留めない部屋の静寂が際立って聞こえるのはなぜかしら。ここだけ時間が流れていないみたい。きっとみんな雨に流されてしまうのよ。

 

蛇は雨が好きなのかしら?わたしはこのシトシトが嫌いよ。ひとより肌が薄いのか、少しの刺激が耐えられないの。湿気が多いと、肌に下着がまとわりついて、わき起こる痒みにイライラしちゃう。流れる水は何より清いものだけど、溜まった水は何より汚れたものなのよ。

 

誰かがこの部屋を覗いたら驚いてしまうでしょう。そこで白い蛇と透明な水晶玉が戯れているのですから。いつだかあなたは言っていたわ。世界をこの目で見て廻りたいって。そんなの訳無いことよ。液体になって世界に溶けてしまえばいいのだわ。いらない着物は捨てましょう?流れる場所へ流れたらいいのです。自由なんて求めれば逃げていく幻想に過ぎない。いったい何に逆らうっていうの?あなたは自ら望んで、躰に縛られてるわ。

 

あなたは大蛇になって、いつか世界を呑み込みたいのね。けれど、そんなものはどうだっていい。どうだっていいから、どうかこの寂しい躰を呑み込んでくださらない?わたしがあなたに対して希うことなんて、たったそれだけなのに…。

 

 

 

 

現に見ゆるまで美しきは紫陽花なり。其の淺葱なる、淺みどりなる、薄き濃き紫なる、中には紅淡き紅つけたる、額といふとぞ。

 

玉簾の中もれ出でたらんばかりの女の俤、顏の色白きも衣の好みも、紫陽花の色に照榮えつ。蹴込の敷毛燃立つばかり、ひら〳〵と夕風に徜徉へる状よ、何處、いづこ、夕顏の宿やおとなふらん。

 

 

 

 

 

今日の紫陽花は、少し、赤いみたい。

 

わたしは未熟なの?

 

わたし、いつになったら大人になれるのかしら?何を済ませれば、大人になれるのかしら?そう思って、少女のままで生きてきたけれど、今日は少しだけ、大人の気分がわかった気がするわ。

 

美しさを追い求めて、いよいよ醜さを愛せるようになったらば、わたしはちょっとだけ、大人。

 

 

 

 

九月二十四日、奈々。