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倦怠の勿忘草

“汚れつちまつた悲しみは 倦怠のうちに死を夢む”

散りゆく美意識、坂口安吾『桜の森の満開の下』

 

…彼は始めて四方を見廻しました。頭上に花がありました。その下にひっそりと無限の虚空がみちていました。ひそひそと花が降ります。それだけのことです。外には何の秘密もないのでした。ー坂口安吾桜の森の満開の下

 

「春爛漫」なんて言葉が、過度に生々しい暖かさを感じさせる寒さですね。

 

涯のない青の片隅から、氷を薄く掻いたような白い粒が降りてきました。空から「六の花」なんて呼ばれたりする氷の花びらが降ってくる…なんとも不思議な話です。その「涯のない問い」に無邪気な子どもの好奇心は舞い踊るのでしょう。

 

対して、私たち大人はどんな顔をしているか。雪などさして珍しくもないと言った表情で、顔に降りかかったそれを迷惑そうに拭っているのでしょうか。大人という生き物は概して、「涯のない問い」に見向きもしないで、「そんなつまらない事を考えたって無駄だ」という形だけの答えで満足しているのです。私たちは、私たち自身でも知らぬ間に「桜の森の満開の下」で気が狂ってしまうような感性を鼻で嗤って終いにしているのかもしれません。

 

 

 

 

坂口安吾の「桜の森の満開の下

 

文学に興味がなければ、聞かない名でしょうか。なんとなく、この名の美しさに気を惹かれ読み始めたは良いものの、難読ではないが難解である。その耽美的な表現にしがみついて読破することは出来ても、ついに作者は何が表現したかったのか、釈然としないままだという感想が最も素直なものかもしれません。

 

桜の森の満開の下」は怖ろしい

 

いったいどういう事だろうか?このような問いは単純なようで、案外深い問いなのだと思うのです。桜を「美しい」と思い愛することは、普段から私たちの感性が働く方向と同じですね。では、それが転じて「怖ろしい」と感ずるには、どのような経験があればよいのか。どのような思想を持っていればよいのか。

 

ー 答えは「美意識」

 

その一語に尽きるのではないか、というのが私がこの記事で伝えたいことなのです。

 

もっと砕いて、「美」とはいったい何者か?という命題について考えていきたいと思っています。「桜の森の満開の下」は、ある男の「美意識」の変遷を描いた物語なのです。

 

花の下では風がないのにゴウゴウ風が鳴っているような気がしました。そのくせ風がちっともなく、一つも物音がありません。

 

花びらがぽそぽそ散るように魂が散っていのちがだんだん衰えて行くように思われます。

 

主軸を担う登場人物の男は山賊です。山に住み、都市からやってくる人々を襲っては着物を剥がします。殺人にも容赦のないむごたらしい男なのです。

 

男はそうした強奪を犯すのに加え、気に入った女をさらって来ては、女房として家に捕らえているのでした。初めは一人だった女房も七人になり、ある日彼は、八人目の女房をさらうことになります。

 

次は、その場面の描写です。

 

山賊は始めは男を殺す気はなかったので、身ぐるみ脱がせて、いつもするようにとっとと失せろと蹴とばしてやるつもりでしたが、女が美しすぎたので、ふと、男を斬りすてていました。

 

…山賊がふりむくと女は腰をぬかして彼の顔をぼんやり見つめました。今日からお前は俺の女房だと言うと、女はうなずきました。

 

淡々と描き写された「美しい女」との出会い。彼は「女が美しすぎたので、ふと、男を斬りすてて」しまうのです。彼は女にいわゆる、一目惚れ、をしてしまったのでしょう。女のあまりの美しさに、何か不可解な力に動かされて彼女の夫を殺してしまいました。

 

強奪欲、支配欲、破壊欲…。

 

女が外見に纏う美は、彼の欲望を突き動かします。かくして、女は頼りを失くし、無力な存在として空に放り出されたのでした。

 

「今日からお前は俺の女房だ」

 

無力な女はただ従順に、彼の命令を首肯する以外に選択肢を失っているのです。ここに、形のない契約、必然が取り次いで結ばれた、ごく自然な約束が成り立ちました。

  

このときの彼は知りもしないでしょうが、女との約束は彼に、大変な運命を引き連れてくるのです。

 

山賊はこの美しい女房を相手に未来のたのしみを考えて、とけるような幸福を感じました。彼は威張りかえって肩を張って、前の山、後の山、右の山、左の山、ぐるりと一廻転して女に見せて、

「これだけの山という山がみんな俺のものなんだぜ」

と言いましたが、女はそんなことにはてんで取りあいません。彼は意外に又残念で、

「いいかい。お前の目に見える山という山、木という木、谷という谷、その谷からわく雲まで、みんな俺のものなんだぜ」

「早く歩いておくれ。私はこんな岩コブだらけの崖の下にいたくないのだから」…

  

女は無力ながらも、その美貌で男を操ります。男は正直で知恵がないので、単純に騙されていくのです。

 

体力がもたないことは解りきった事ながらも、男は美しい女に力を見せつけたい一心で、山々を見せて廻ります。けれども男の懸命のアピールはヌカにクギ。女は我儘を吐いてばかりで余裕綽々なのでした。男の力を以ってすれば、彼女をひと思いに殺すことなど造作ないことでしょう。それなのに、女は男より優位に立っている。

 

何故か?

 

それは偏に、彼女が「美しい」から。

 

「お前はもっと急げないのかえ。走っておくれ」

「なかなかこの坂道は俺が一人でもそうは駈けられない難所だよ」

お前も見かけによらない意気地なしだねえ。私としたことが、とんだ甲斐性なしの女房になってしまった。ああ、ああ。これから何をたよりに暮したらいいのだろう」

「なにを馬鹿な。これぐらいの坂道が」

「アア、もどかしいねえ。お前はもう疲れたのかえ」…

 

男は美しい女の機嫌をとるために奔走し、やっと家に着いた頃にはすっかりくたびれておりました。

 

家には七人の女房が待っています。

 

「まア、これがお前の女房かえ」

「それは、お前、俺はお前のような可愛いい女がいようとは知らなかったのだからね」

「あの女を斬り殺しておくれ」

女はいちばん顔形のととのった一人を指して叫びました。

「だって、お前、殺さなくっとも、女中だと思えばいいじゃないか」

「お前は私の亭主を殺したくせに、自分の女房が殺せないのかえ。お前はそれでも私を女房にするつもりなのかえ」…

 

…男はためらいましたが、すぐズカズカ歩いて行って、女の頸へザクリとダンビラを斬りこみました。首がまだコロコロととまらぬうちに、女のふっくらツヤのある透きとおる声は次の女を指して美しく響いていました。

 

…男は血刀をふりあげて山の林を駈け狂いました。たった一人逃げおくれて腰をぬかした女がいました。それはいちばん醜くて、ビッコの女でしたが、男が逃げた女を一人あまさず斬りすてて戻ってきて、無造作にダンビラをふりあげますと、

「いいのよ。この女だけは。これは私が女中に使うから」

「ついでだから、やってしまうよ」

「バカだね。私が殺さないでおくれと言うのだよ」

「アア、そうか。ほんとだ」

 

…ふと静寂に気がつきました。とびたつような怖ろしさがこみあげ、ぎょッとして振向くと、女はそこにいくらかやる瀬ない風情でたたずんでいます。男は悪夢からさめたような気がしました。そして、目も魂も自然に女の美しさに吸いよせられて動かなくなってしまいました。けれども男は不安でした。

 

…女が美しすぎて、彼の魂がそれに吸いよせられていたので、胸の不安の波立ちをさして気にせずにいられただけです。

 

美しい女は、自分以外に女房がいるということが許せません。これは女が元々、都市に住まい常識を知っていたからでしょう。山賊である男には、これがどういう理屈なのか理解し難い。

 

「ついでだから、やってしまうよ」
「バカだね。私が殺さないでおくれと言うのだよ」
「アア、そうか。ほんとだ」

 

男の無知は、女の指示にわけもわからず従うという行動理念のみ受け入れます。男自身、なぜ自分が女の言葉に従うのか、なにが女の言葉に説得力を持たせているのか、まったく知れないのです。

 

彼にとって、七人の女房は自分を認める他者として唯一の存在でありました。彼の自尊心、彼の欲望、彼の充実、すべては女房によって認められていたのです。

 

そいつを今、美しい女の指示に右往左往して殺害してしまった。

 

彼は不安に襲われます。けれども、忽ち傍に佇む美に魅了され、不安は掻き消されてしまうのでした。

 

…なんだか、似ているようだな、と彼は思いました。似たことが、いつか、あった、それは、と彼は考えました。

 

桜の森の満開の下です。あの下を通る時に似ていました。

 

…今年はひとつ、あの花ざかりの林のまんなかで、ジッと動かずに、いや、思いきって地べたに坐ってやろう、と彼は考えました。そのとき、この女もつれて行こうか、彼はふと考えて、女の顔をチラと見ると、胸さわぎがして慌てて目をそらしました。自分の肚が女に知れては大変だという気持が、なぜだか胸に焼け残りました。

 

さて、ここに描かれた女の ー 帰するところ桜の ー「美しさ」と「怖ろしさ」はどこから来ているのでしょうか。

 

男はそれまで愛していた女房を、たったいま出くわした、たった一人の「美しい女」のために斬り殺してしまいました。それだからといって「美しい女」は喜んだり笑みを見せたりで満足しているわけでもなく、ただ遣る瀬のない視線を虚空に浮かべているのです。

 

男は、女の旦那を斬り殺した時点で、女の「美」を手に入れた気分になっていたのでしょう。

 

確かに、あの約束の瞬間には、女の「美」は男の「力」に跪いて従ったのです。しかし、女は男の「力」を試しました。そこで虚勢を張った男の「力」は、いつの間にやら女の「美」に従う形に変わっていたのです。

 

ここに、「美」という何者かの絶対性が描かれているのだと思います。今そこに、女性の「美」を脅かすものはなく、「美」はその驕慢なる魔力を世界の端まで開け拡げているのでした。女は、彼女の存在の裡に「美」を独占し、平時からその視線の向かう先を探しているのでしょうか。

 

 

 

 

それから、男と女の生活が始まります。

 

女の「美」に結びつけられ、操り人形のように働く男。それまでの唯我独尊なる男の性分がそんな生活に納得するのでしょうか。

 

男は納得せざるを得ないのでした。

 

「お前は山男だからそれでいいのだろうさ。私の喉は通らないよ。こんな淋しい山奥で、夜の夜長にきくものと云えば梟の声ばかり、せめて食べる物でも都に劣らぬおいしい物が食べられないものかねえ。

 

都の風がどんなものか。その都の風をせきとめられた私の思いのせつなさがどんなものか、お前には察しることも出来ないのだね。

 

お前は私から都の風をもぎとって、その代りにお前の呉れた物といえば鴉や梟の鳴く声ばかり。お前はそれを羞かしいとも、むごたらしいとも思わないのだよ」

 

女は櫛だの笄だの簪だの紅だのを大事にしました。彼が泥の手や山の獣の血にぬれた手でかすかに着物にふれただけでも女は彼を叱りました。

 

まるで着物が女のいのちであるように、そしてそれをまもることが自分のつとめであるように、身の廻りを清潔にさせ、家の手入れを命じます。

 

その着物は一枚の小袖と細紐だけでは事足りず、何枚かの着物といくつもの紐と、そしてその紐は妙な形にむすばれ不必要に垂れ流されて、色々の飾り物をつけたすことによって一つの姿が完成されて行くのでした。

 

男は目を見はりました。そして嘆声をもらしました。彼は納得させられたのです。かくして一つの美が成りたち、その美に彼が満たされている、それは疑る余地がない、個としては意味をもたない不完全かつ不可解な断片が集まることによって一つの物を完成する、その物を分解すれば無意味なる断片に帰する、それを彼は彼らしく一つの妙なる魔術として納得させられたのでした。

 

女は音楽を知っています。詩を知っています。装飾によって自身を着飾ることも知っています。即ち、女は芸術によって美を表現することが出来る。男は初めて目の当たりにするその魔術を見、無邪気に感動し、尚且つその実直なる眼で観察しているのです。

 

男は次第に、この摩訶不思議で深遠なる人間の技、女の手が紡ぐ美の織物に魅了され、自らの「力」がその一端を担っているということに喜びを見出すようになりました。

 

お天気の日、女はこれを外へ出させて、日向に、又、木陰に、腰かけて目をつぶります。部屋の中では肱掛にもたれて物思いにふけるような、そしてそれは、それを見る男の目にはすべてが異様な、なまめかしく、なやましい姿に外ならぬのでした。魔術は現実に行われており、彼自らがその魔術の助手でありながら、その行われる魔術の結果に常に訝りそして嘆賞するのでした。

 

ビッコの女は朝毎に女の長い黒髪をくしけずります。そのために用いる水を、男は谷川の特に遠い清水からくみとり、そして特別そのように注意を払う自分の労苦をなつかしみました。

 

自分自身が魔術の一つの力になりたいということが男の願いになっていました。そして彼自身くしけずられる黒髪にわが手を加えてみたいものだと思います。いやよ、そんな手は、と女は男を払いのけて叱ります。

 

男は子供のように手をひっこめて、てれながら、黒髪にツヤが立ち、結ばれ、そして顔があらわれ、一つの美が描かれ生まれてくることを見果てぬ夢に思うのでした。

 

物思いに耽る人間の姿、髪の手入れをする女の仕草、そこに漂う魅惑的な香りと耽美なる均整に男は陶酔しています。

 

今も尚、物と物との調和や関係、飾りという意味の批判はありません。けれども魔力が分ります。魔力は物のいのちでした。物の中にもいのちがあります。

 

…彼には驚きがありましたが、その対象は分らぬのです。

 

…そして男に都を怖れる心が生れていました。その怖れは恐怖ではなく、知らないということに対する羞恥と不安で、物知りが未知の事柄にいだく不安と羞恥に似ていました。女が「都」というたびに彼の心は怯え戦きました。

 

魔力とは、物の命。物の命を生かすこと。命を奪い、物品を奪い、それだけで生きてきた、それだけですべてを手に入れた気になっていた自分の傲慢さに、男は気付き始めています。しかし男は決して物事に拘りません。反省ということを知りません。ただ感動し、ただ欲しがり、ただ怖れるだけ。「美」が自らの信じてきた力よりも高踏的であることが許しがたい。そのとき男の目には「美」という力、その曖昧な存在が現実に存在する形…即ち「都」という場の存在が、魅惑的でありながらも憎むべき敵だとして映じていたのです。

 

「都」と「山」とを結ぶ道には、あの「桜の森」が厳然として存するのでした。

 

…彼は女の美に対して自分の強さを対比しました…。

 

「都には牙のある人間がいるかい」

「弓をもったサムライがいるよ」

「ハッハッハ。弓なら俺は谷の向うの雀の子でも落すのだからな。都には刀が折れてしまうような皮の堅い人間はいないだろう」

「鎧をきたサムライがいるよ」

「鎧は刀が折れるのか」

「折れるよ」

「俺は熊も猪も組み伏せてしまうのだからな」

「お前が本当に強い男なら、私を都へ連れて行っておくれ。お前の力で、私の欲しい物、都の粋を私の身の廻りへ飾っておくれ。そして私にシンから楽しい思いを授けてくれることができるなら、お前は本当に強い男なのさ」

「わけのないことだ」

 

男は都へ行くことに心をきめました。

 

…一つだけ気にかかることは、まったく都に関係のない別なことでした。 それは桜の森でした。 二日か三日の後に森の満開が訪れようとしていました。今年こそ、彼は決意していました。 

 

…あと三日、彼は出発を急ぐ女に言いました。

「お前に支度の面倒があるものかね」と女は眉をよせました。

「じらさないでおくれ。都が私をよんでいるのだよ」

「それでも約束があるからね」

「お前がかえ。この山奥に約束した誰がいるのさ」

「それは誰もいないけれども、ね。けれども、約束があるのだよ」

「それはマア珍しいことがあるものだねえ。誰もいなくって誰と約束するのだえ」

男は嘘がつけなくなりました。

「桜の花が咲くのだよ」

「桜の花と約束したのかえ」

「桜の花が咲くから、それを見てから出掛けなければならないのだよ」

「どういうわけで」

「桜の森の下へ行ってみなければならないからだよ」

「だから、なぜ行って見なければならないのよ」

「花が咲くからだよ」

「花が咲くから、なぜさ」

「花の下は冷めたい風がはりつめているからだよ」

「花の下にかえ」

「花の下は涯がないからだよ」

「花の下がかえ」

男は分らなくなってクシャクシャしました。

「私も花の下へ連れて行っておくれ」

「それは、だめだ」

男はキッパリ言いました。

「一人でなくちゃ、だめなんだ」

女は苦笑しました。

 

…彼はひそかに出かけました。桜の森は満開でした。一足ふみこむとき、彼は女の苦笑を思いだしました。それは今までに覚えのない鋭さで頭を斬りました。それだけでもう彼は混乱していました。

 

花の下の冷めたさは涯のない四方からドッと押し寄せてきました。彼の身体は忽ちその風に吹きさらされて透明になり、四方の風はゴウゴウと吹き通り、すでに風だけがはりつめているのでした。

 

彼の声のみが叫びました。

 

彼は走りました。何という虚空でしょう。彼は泣き、祈り、もがき、ただ逃げ去ろうとしていました。

 

そして、花の下をぬけだしたことが分ったとき、夢の中から我にかえった同じ気持を見出しました。夢と違っていることは、本当に息も絶え絶えになっている身の苦しさでありました。

 

女には、桜の怖ろしさがわかりません。それまで女の我儘を聞き入れてきた男が、珍しく女の声に耳を貸しません。まさか男に自分より優先すべき事物があるとは。いったい何が彼を動かしているのか。

 

「桜」でした。

 

しかし、女には桜の怖ろしさがわからないのです。

 

女は苦笑しました。

 

女の苦笑は、美の形式を理解した人間の誇り、自らの所有する「美」に裏付けられた自尊心の表れではないでしょうか。

 

 

 

 

桜の怖ろしさに敗北を喫した男は、女との約束のとおり都に住まいを移します。

 

都に移った女は、奇妙な要求を始めます。他人の家から物品だけでなく、人間の首を獲ってくるように言うのです。

 

…女の何より欲しがるものは、その家に住む人の首でした。

 

…女は毎日首遊びをしました。首は家来をつれて散歩にでます。首の家族へ別の首の家族が遊びに来ます。首が恋をします。女の首が男の首をふり、又、男の首が女の首をすてて女の首を泣かせることもありました。

 

…姫君の首は大納言の首にだまされました。大納言の首は月のない夜、姫君の首の恋する人の首のふりをして忍んで行って契りを結びます。契りの後に姫君の首が気がつきます。姫君の首は大納言の首を憎むことができず我が身のさだめの悲しさに泣いて、尼になるのでした。すると大納言の首は尼寺へ行って、尼になった姫君の首を犯します。姫君の首は死のうとしますが大納言のささやきに負けて尼寺を逃げて山科の里へかくれて大納言の首のかこい者となって髪の毛を生やします。姫君の首も大納言の首ももはや毛がぬけ肉がくさりウジ虫がわき骨がのぞけていました。二人の首は酒もりをして恋にたわぶれ、歯の骨と歯の骨と噛み合ってカチカチ鳴り、くさった肉がペチャペチャくっつき合い鼻もつぶれ目の玉もくりぬけていました。

 

ペチャペチャとくッつき二人の顔の形がくずれるたびに女は大喜びで、けたたましく笑いさざめきました。

 

「ほれ、ホッペタを食べてやりなさい。ああおいしい。姫君の喉もたべてやりましょう。ハイ、目の玉もかじりましょう。すすってやりましょうね。ハイ、ペロペロ。アラ、おいしいね。もう、たまらないのよ、ねえ、ほらウンとかじりついてやれ」

 

女はカラカラ笑います。綺麗な澄んだ笑い声です。薄い陶器が鳴るような爽やかな声でした。

 

女はここで、言葉による創作を始めています。人形劇のような、物語性を持った遊戯を見せているのです。

 

「姫君」の悲哀は、いったい何から想起されているのでしょう。大納言の暴力は、いったい誰を想って形作られているのでしょう。

 

首と首の接吻や、その他肉体の交渉がグロテスクに描かれ、その背景には「薄い陶器が鳴るような爽やかな声」で「カラカラ」と笑う美女の姿があるのです。

 

いったいどうして、女は「人間の首」に拘るのでしょうか。

 

坊主の首もありました。坊主の首は女に憎がられていました。

 

…坊主の首は首になって後に却って毛が生え、やがてその毛もぬけてくさりはて、白骨になりました。

 

新しい坊主の首はまだうら若い水々しい稚子の美しさが残っていました。女はよろこんで机にのせ酒をふくませ頬ずりして舐めたりくすぐったりしましたが、じきあきました。

「もっと太った憎たらしい首よ」

女は命じました。

 

…女の気に入ったのは一つでした。それは五十ぐらいの大坊主の首で、ブ男で目尻がたれ、頬がたるみ、唇が厚くて、その重さで口があいているようなだらしのない首でした。女はたれた目尻の両端を両手の指の先で押えて、クリクリと吊りあげて廻したり、獅子鼻の孔へ二本の棒をさしこんだり、逆さに立ててころがしたり、だきしめて自分のお乳を厚い唇の間へ押しこんでシャブらせたりして大笑いしました。けれどもじきにあきました。

 

美しい娘の首がありました。清らかな静かな高貴な首でした。子供っぽくて、そのくせ死んだ顔ですから妙に大人びた憂いがあり、閉じられたマブタの奥に楽しい思いも悲しい思いもマセた思いも一度にゴッちゃに隠されているようでした。

 

女はその首を自分の娘か妹のように可愛がりました。黒い髪の毛をすいてやり、顔にお化粧してやりました。ああでもない、こうでもないと念を入れて、花の香りのむらだつようなやさしい顔が浮きあがりました。

 

…娘の首のために、一人の若い貴公子の首が必要でした。貴公子の首も念入りにお化粧され、二人の若者の首は燃え狂うような恋の遊びにふけります。

 

すねたり、怒ったり、憎んだり、嘘をついたり、だましたり、悲しい顔をしてみせたり、けれども二人の情熱が一度に燃えあがるときは一人の火がめいめい他の一人を焼きこがしてどっちも焼かれて舞いあがる火焔になって燃えまじりました。

 

けれども間もなく悪侍だの色好みの大人だの悪僧だの汚い首が邪魔にでて、貴公子の首は蹴られて打たれたあげくに殺されて、右から左から前から後から汚い首がゴチャゴチャ娘に挑みかかって、娘の首には汚い首の腐った肉がへばりつき、牙のような歯に食いつかれ、鼻の先が欠けたり、毛がむしられたりします。

 

すると女は娘の首を針でつついて穴をあけ、小刀で切ったり、えぐったり、誰の首よりも汚らしい目も当てられない首にして投げだすのでした。

 

悪趣味です。目の当たりにしたならば、その強烈な臭いと鮮烈な光景に、腹の底から不快感が押し寄せてくるでしょう。

 

もしもここにいる女が美しくなければ、このような描写に熱意を込める作者の気は狂っているのではあるまいかと疑うところです。

 

そうです。女が「美しく」なければ、これは気味の悪い戯れに過ぎません。女が「美しい」という事実だけが、この場面に陰翳を与えているのです。

 

「首」という存在は、人間の「形」を象徴する存在なのだと思います。普通の人間は、人間の首から下だけを見て個体を識別する術を知らないでしょう。

 

人間は、人間の顔の「形」に固執する。

 

「美しい女」と形容した場合、皆さんの頭には「美しい顔」をした女性が浮かぶものであると推察します。

 

美しい身体が横たわって、いやらしく捻れていようとも、そこに悩ましげな表情を持った首がなければ、人間はその物体を人間だとは思えないでしょう。命と性、人間の容姿に取り憑いた「美」を暗示するものとしては、「首」が最も一般的な存在かもしれません。

 

さて、女は美しい容姿を持っています。女は、その美しい容姿と美を表現する技術によって、男の力を従えてきました。男は、女の織りなす美の虜となっているのです。

 

女の首遊びは、都に移ってから発したものです。女は首の見た目に執拗に拘り、飾り付けたり壊したりを繰り返し、すぐに飽きて放り出してしまうのです。

 

これは女の焦燥を表しているのだと取れないでしょうか。形は作られ腐っていく。どんなに美しい形も、時の流れには逆らうことができないのです。山と違い、都には時の流れを感じさせる何かがあるのです。そこでは美が美である間に消費され、醜いものは淘汰されていく。もしかすると女は、自らの身体の衰えや、美を作り出す技術の限界を感じているのかもしれません。

 

それらの問題が、女を狂気的な表現の世界へ誘っているのでしょうか。

 

 

 

 

一方で、女に首を捧げ続ける生活は男に何をもたらしたのか。

 

それは、意外にも「退屈」というものでした。

 

男は都を嫌いました。都の珍らしさも馴れてしまうと、なじめない気持ばかりが残りました。

 

男は何よりも退屈に苦しみました。人間共というものは退屈なものだ、と彼はつくづく思いました。彼はつまり人間がうるさいのでした。大きな犬が歩いていると、小さな犬が吠えます。男は吠えられる犬のようなものでした。

 

…彼は女の欲望にキリがないので、そのことにも退屈していたのでした。女の欲望は、いわば常にキリもなく空を直線に飛びつづけている鳥のようなものでした。

 

…彼はただの鳥でした。枝から枝を飛び廻り、たまに谷を渉るぐらいがせいぜいで、枝にとまってうたたねしている梟にも似ていました。

 

彼は敏捷でした。全身がよく動き、よく歩き、動作は生き生きしていました。彼の心は然し尻の重たい鳥なのでした。彼は無限に直線に飛ぶことなどは思いもよらないのです。

 

男は山の上から都の空を眺めています。その空を一羽の鳥が直線に飛んで行きます。空は昼から夜になり、夜から昼になり、無限の明暗がくりかえしつづきます。

 

その涯に何もなくいつまでたってもただ無限の明暗があるだけ、男は無限を事実に於て納得することができません。

 

その先の日、その先の日、その又先の日、明暗の無限のくりかえしを考えます。彼の頭は割れそうになりました。それは考えの疲れでなしに、考えの苦しさのためでした。

 

…家へ帰ると、女はいつものように首遊びに耽っていました。彼の姿を見ると、女は待ち構えていたのでした。

 

男の退屈、それは「涯のない明暗の繰り返し」に辟易とするような、一種の倦怠感なのでした。

 

男は女の美に魅了された。しかし、いい加減に飽きてしまった。女は焦燥から首を求め続けるだろう。首を求めて、最後に何になるのか。何にもならない。当たり前だ。そんな当たり前の事に、都に住む人間たちはなぜ気付かないのか。何が悲しくて美を作り、美を破壊し、その「明暗の繰り返し」に耽ることができるのか。

 

思案の果て、遂に男は女の要求を拒否します。

 

「俺は厭だよ」

 

女はびっくりしました。そのあげくに笑いだしました。

「おやおや。お前も臆病風に吹かれたの。お前もただの弱虫ね」

「そんな弱虫じゃないのだ」

「じゃ、何さ」

「キリがないから厭になったのさ」

「あら、おかしいね。なんでもキリがないものよ。毎日毎日ごはんを食べて、キリがないじゃないか。毎日毎日ねむって、キリがないじゃないか」

「それと違うのだ」

「どんな風に違うのよ」

男は返事につまりました。けれども違うと思いました。

 

…彼はなぜ、どんな風に違うのだろうと考えましたが分りません。だんだん夜になりました。彼は又山の上へ登りました。もう空も見えなくなっていました。

 

彼は気がつくと、空が落ちてくることを考えていました。空が落ちてきます。彼は首をしめつけられるように苦しんでいました。

 

それは女を殺すことでした。

 

空の無限の明暗を走りつづけることは、女を殺すことによって、とめることができます。

 

そして、空は落ちてきます。

 

彼はホッとすることができます。然し、彼の心臓には孔があいているのでした。彼の胸から鳥の姿が飛び去り、掻き消えているのでした。

 

あの女が俺なんだろうか? そして空を無限に直線に飛ぶ鳥が俺自身だったのだろうか? と彼は疑りました。

 

女を殺すと、俺を殺してしまうのだろうか。俺は何を考えているのだろう?

 

なぜ空を落さねばならないのだか、それも分らなくなっていました。あらゆる想念が捉えがたいものでありました。

 

そして想念のひいたあとに残るものは苦痛のみでした。

 

「空」を無限に飛ぶ鳥。あれは何を目指して飛んでいるのか。直線を引くように飛んでいく、あの鳥。

 

「空の無限の明暗」にはキリがないのだ。だからもうウンザリなんだ。そうだ、「空」を落としてしまえばいい。それは即ち、女を殺すことである。

 

空が落ちてきた。男はホッとしたが、何か空虚な感が胸に風穴を開けている。彼は首が締めつけられるような苦しみを覚えた。彼は既に、無限の明暗を飛び続ける鳥であったのか。

 

空がなければ、苦しくて堪らない。

 

ある朝、目がさめると、彼は桜の花の下にねていました。その桜の木は一本でした。桜の木は満開でした。

 

…彼は鈴鹿の山の桜の森のことを突然思いだしていたのでした。あの山の桜の森も花盛りにちがいありません。彼はなつかしさに吾を忘れ、深い物思いに沈みました。

 

山へ帰ろう。山へ帰るのだ。なぜこの単純なことを忘れていたのだろう?

 

男は決意します。あろうことか、あれだけ怖ろしかった桜に対する「懐かしさ」のようなものが、男の思念を押しやったのです。男は決意を女に伝え、話し合いました。結果、女も一緒に山へ帰ることになります。

 

…二人は直ちに出発しました。ビッコの女は残すことにしました。そして出発のとき、女はビッコの女に向って、じき帰ってくるから待っておいで、とひそかに言い残しました。

 

 

 

 

目の前に昔の山々の姿が現れました。呼べば答えるようでした。旧道をとることにしました。その道はもう踏む人がなく、道の姿は消え失せて、ただの林、ただの山坂になっていました。その道を行くと、桜の森の下を通ることになるのでした。

 

「背負っておくれ。こんな道のない山坂は私は歩くことができないよ」

「ああ、いいとも」

男は軽々と女を背負いました。

 

男は満ち足りた気分で女と話します。男に怖れるものなど一つもありません。「美」の探求という涯のない問いなど、たいした価値もない。男は美しい女を軽々と背負い、山へ向かうのです。彼を脅かす存在、彼を従えようとする存在は、都にも山にもいないことがわかった。それで彼の胸は、幸福に包まれているのでした。

 

…男は桜の森の花ざかりを忘れてはいませんでした。然し、この幸福な日に、あの森の花ざかりの下が何ほどのものでしょうか。彼は怖れていませんでした。

 

そして桜の森が彼の眼前に現れてきました。まさしく一面の満開でした。風に吹かれた花びらがパラパラと落ちています。土肌の上は一面に花びらがしかれていました。

 

この花びらはどこから落ちてきたのだろう?

 

なぜなら、花びらの一ひらが落ちたとも思われぬ満開の花のふさが見はるかす頭上にひろがっているからでした。

 

男は満開の花の下へ歩きこみました。あたりはひっそりと、だんだん冷めたくなるようでした。彼はふと女の手が冷めたくなっているのに気がつきました。俄に不安になりました。とっさに彼は分りました。

 

女が鬼であることを。

 

突然どッという冷めたい風が花の下の四方の涯から吹きよせていました。 男の背中にしがみついているのは、全身が紫色の顔の大きな老婆でした。その口は耳までさけ、ちぢくれた髪の毛は緑でした。

 

男は走りました。

 

振り落そうとしました。鬼の手に力がこもり彼の喉にくいこみました。彼の目は見えなくなろうとしました。

 

彼は夢中でした。全身の力をこめて鬼の手をゆるめました。その手の隙間から首をぬくと、背中をすべって、どさりと鬼は落ちました。

 

今度は彼が鬼に組みつく番でした。鬼の首をしめました。

 

そして彼がふと気付いたとき、彼は全身の力をこめて女の首をしめつけ、そして女はすでに息絶えていました。

 

彼の目は霞んでいました。

 

彼はより大きく目を見開くことを試みましたが、それによって視覚が戻ってきたように感じることができませんでした。

 

なぜなら、彼のしめ殺したのはさっきと変らず矢張り女で、同じ女の屍体がそこに在るばかりだからでありました。

 

彼の呼吸はとまりました。彼の力も、彼の思念も、すべてが同時にとまりました。

 

女の屍体の上には、すでに幾つかの桜の花びらが落ちてきました。彼は女をゆさぶりました。

 

呼びました。抱きました。徒労でした。彼はワッと泣きふしました。

 

たぶん彼がこの山に住みついてから、この日まで、泣いたことはなかったでしょう。そして彼が自然に我にかえったとき、彼の背には白い花びらがつもっていました。

 

そこは桜の森のちょうどまんなかのあたりでした。四方の涯は花にかくれて奥が見えませんでした。日頃のような怖れや不安は消えていました。花の涯から吹きよせる冷めたい風もありません。

 

ただひっそりと、そしてひそひそと、花びらが散りつづけているばかりでした。

 

彼は始めて桜の森の満開の下に坐っていました。いつまでもそこに坐っていることができます。彼はもう帰るところがないのですから。

 

桜の森の満開の下の秘密は誰にも今も分りません。あるいは「孤独」というものであったかも知れません。

 

なぜなら、男はもはや孤独を怖れる必要がなかったのです。彼自らが孤独自体でありました。

 

彼は始めて四方を見廻しました。頭上に花がありました。その下にひっそりと無限の虚空がみちていました。ひそひそと花が降ります。それだけのことです。外には何の秘密もないのでした。

 

ほど経て彼はただ一つのなまあたたかな何物かを感じました。そしてそれが彼自身の胸の悲しみであることに気がつきました。

 

花と虚空の冴えた冷めたさにつつまれて、ほのあたたかいふくらみが、すこしずつ分りかけてくるのでした。

 

彼は女の顔の上の花びらをとってやろうとしました。彼の手が女の顔にとどこうとした時に、何か変ったことが起ったように思われました。

 

すると、彼の手の下には降りつもった花びらばかりで、女の姿は掻き消えてただ幾つかの花びらになっていました。

 

そして、その花びらを掻き分けようとした彼の手も彼の身体も延した時にはもはや消えていました。あとに花びらと、冷めたい虚空がはりつめているばかりでした。

 

坂口安吾桜の森の満開の下」 

 

 

 

 

桜の森の満開の下

 

現代では街並みも整えられ、桜の木も綺麗に並んで咲いています。それは、「満開の桜並木の下」になるのでしょうか。形は溢れている。自然の模倣から始まった、この美しい形の探求。私たちにはむしろ、「形ない物」の方が想像できないのではないでしょうか。手付かずの自然、例えば、富士の樹海のようなあの怖ろしさは、私たちの目の付かない所に隠れているだけで案外近くに存在しているのかもしれません。人間の存在が呑み込まれ、美しい形を、忽ち鬼のような形に変えてしまう何か…。

 

 

堕落論」で安吾は語りました。

 

人間は一度、あらゆる形、決まり事、人間の甘えが掴んでしまうその手枷を破壊して、まっさかさまに堕ちなければならない。

 

また、こうも言います。

 

法隆寺平等院も燃やしてしまって一向に構わぬ。必要ならば作れ。作れぬ形に要はないのだ。

 

悲しい哉、人間は形に媚びなければ美しくなれない。形に収めなければ、そいつが「美」であるとも気付きやしない。

 

山賊の男は、無知であるが故に純粋な審美眼を持っていたのです。彼の眼は美を見極める。醜悪さを批判的に感じ取り、美しいものには、手放しに没頭する能が彼にはあった。

 

醜い形を除し、美しい形だけを追求する。その涯に見るものは何か?「桜の森の満開の下」のような、「ガランドウ」の虚空であるか?

 

トンネルのように、暗闇の涯に光があれば人間は正気のまま進んで行けるのです。

 

空、鳥が一直線を描き飛んで行くあの空。空の涯には何があるのか。「桜の森の満開の下」のように、「無限の虚空」があるのではないか。

 

「外には何の秘密もないのでした」

 

ほら、あなたが掴んでいるその美しい形。何かを縛り付け、動かなくしてしまうその形式。そいつは決して完全ではないだろう。完全ではないにしろ、他と比べていくらか見た目が好いから、あなたはそれを離さぬように掴んでいる。

 

無知なる山賊の気持ちになって見てみなさい。それは醜い鬼かもしれない。しかも、それは永遠に続く美しさではない。いつかは疲れ果て、腐臭を放ち、忘れられていく。はたして、もっと美しいものはどこにあるのだろうか…。

 

…堕ちた。堕ちたのだ。私たちはそうして、底の、さらに底のほうまで堕ちてしまった。深淵と呼ぶに相応しいその暗闇の頭上には、満開の、見果てぬ美しさの、桜の森が見えるでしょう。

 

私には、夕暮れの空が見えています。赤い光に焦がされた影は、一直線にあの暗黒を目指しているのです。

 

 

 

…もう、止めにしませんか?