2017-01-01から1年間の記事一覧
以下の作品は、小林秀雄が大正十四年二月に、文芸誌「山繭」で発表した「女とポンキン」を、私が現代語に訳したものです。原文は『小林秀雄全集第一巻、様々なる意匠・ランボオ』(新潮社)を参照。 半島の尖端である。毎日、習慣的に此処に来る。幾重にも重…
17時45分。僕は愛しい記憶を追いながら16番ゲートをくぐっていた。機体が見えないで、蛇腹の搭乗橋を渡るのは些か不安です。揺れるのですが、意識しなければ気に留めるまでもない揺れの程度なのでした。並べては、取るに足らないその揺れさえも、とりわけ、…
めざめ。 シーツを四角に折ってベッドの端に揃える。クマのぬいぐるみとクジラの枕を並べ、スマホを充電から外すと、私は例のごとく部屋の写真を撮るのだ。 「おはよう」と手早くフリックし、画像を添付して送信する。どこに送っているのかわからない。だけ…
五、「夜明は夢のうちに」 「日中から休みだったそうです。店主はどうにか蕎麦を一盛りずつ出してあげたいと…ただ蕎麦を打つ準備をしていないから無理なのだと言っていました…。」 先生は、かの薄闇の中から出てくる時分より続けて、いかにも「申し訳ありま…
四、「山羊のツノ」 沈黙の中を、二つの影は進む。道に散らばる葉や土をざりざりと踏みしめながら、私は代わり映えのしない風景に飽きていた。とすれば足下から茶色いバッタは横へ跳ねて、先には不気味に漂うようなけもの道が続いている。突然、そこから何か…
三、「暗夜行路」 電灯は五十メートルもの間隔を経てから、ぽつん、ぽつんと、ひとつずつ並んでいます。光は重なり合わずに、互い干渉しないような距離感でもってぼうっとしているのです。遮るものがなければ、光は間断なく綺麗な同心円を道端に落としてゆく…
夜 静まるカーテンひるがえし 風が一脈吹きました 夜 鈴の音の鳴る夜に 靡く布地をカラダに絡め 息を詰ましておりました 夜 桃色靡かせ焼けた胸 すずろなる歌声に没すれば 夜 無垢なる信頼心は 恋に被さるれ 夜 強欲の罪は重なりて 罰せられたるは我が心 ー …
二、「ミルクティー」 「そう口をぱっくり開けていると、どこやらか名も知れぬ虫が飛び込んで来ますよ?」 空を眺めてポカンとしている私に向け、先生が言った。「虫」と聞いて我に返り、私はキュッと唇を結ぶ。空は私の口から何かを抜き出して、さらに何か…
一、「山吹色と桜色」 私はどこに来ているのか。 先生から教えてもらった「恵理」という停留所の名を頭の中で繰り返す。えり、えり、えり、えり。「駅前から乗れば370円で着く筈です」と先生は暢気に言っていた。整理券に書かれたのと同じ番号の下に「370」…
四月九日、丁度日を跨いだ頃である。一頻り驟雨が降り、夜は霧に包まれていた。 霞んだ景色と潤む空気が目新しいので、私は好奇の心で外に出ていた。こういう日は、布団の中の方が却って寝苦しいものである。 造船に携わる人間や物資の運搬の為、戦後になっ…
よく、わかりません。 私、みんなの話す言葉が よく、わからないのです。 … 私、勉強は苦手です。 質問されている意味が よく、わかりませんから。 何を目的に、 どんな手引きで、 答えに導こうとするのか、 考えても考えても、 わかるはずがない。 わかるは…
朽ちた葉つぱのきいろい頬 くちびるの移りにたゆたへば 撫子のやうに朱く染まりき 飛沫か涙か 朱色を空に薫らせ 紫ぶく波は泡沫の恋愛詩 あゝ、その引力 君の悲哀は月の濡光となり 落ちゆく雫は一つの星 引き合ふ摂理の驚くべき吻合よ! 孤高の円環は閉ざさ…
紫穂の香の 揺れるまに咲く 白浜に 紅い貝殻 ひらふ乙女よ ひとり あのこは なにを歌つてゐるのでせうか みはてぬあいを みつめるひとみ わたしは耳を澄まします みぎわに隠れた 声を探して しおらしく 寄せたまゆあひと しらまなこ 潮風に揺れる 黒いヴェー…
…彼は始めて四方を見廻しました。頭上に花がありました。その下にひっそりと無限の虚空がみちていました。ひそひそと花が降ります。それだけのことです。外には何の秘密もないのでした。ー坂口安吾「桜の森の満開の下」 「春爛漫」なんて言葉が、過度に生々…