倦怠の勿忘草

“汚れつちまつた悲しみは 倦怠のうちに死を夢む”

2016-09-01から1ヶ月間の記事一覧

自己中

小学生の頃だったか、「ジコチュー」という言葉が流行っていたという記憶がある。ジコチュージコチュー、お前はジコチューだ、あいつはジコチューだと、みんなが喧しいくらいに言っていた記憶である。私は精神面の成長が遅かったようで、小学生の頃の記憶は…

アイドルとフェミニズム

私はアイドルが好きです。最近はテレビをつけると、意識して探さずともAKBグループに所属しているメンバーの顔を見ることができます。みなさんとても可愛らしく、慣れない芸能の世界の中で、生きていくために一生懸命なのだろうと思うと、胸が締め付けられる…

紫陽花

今日は一日雨でした。草木も黙る雨でした。 目が覚めても朝だとわからなかったわ。いつも日を反射して騒がしい白い壁も、今日ほどの雨だと憂鬱を隠せないみたい。黙り込んで灰色だったの。本当なら、起きたらすぐに支度をして、中島川の辺りを、眼鏡橋とその…

紫陽花

今朝は肌寒い秋風に起こされました。 わたしは秋の香りが好きです。淡い青色のカーテンを開けると、いつもの小川と野山の風景が、爽やかな風と一緒に舞い込みます。秋の景色は透き通った感じがありますわね。透き通った空気のおかげで、秋の香りはいっそう深…

ちえくらべ

さあ! ちえくらべのはじまりだ どっちがあたまのいいにんげんか しろくろつけてやるよ ルールなんてないさ さいごにあたまをあげていたほうのかちさ にんげんってのはあたまだけがでかいから しもわからん おともきけん いろもみれん かわいそうにちえくら…

「死に至る病」と言葉:2

私には同い年の従兄弟がいます。同じ高校で一緒に勉強してきた仲で、どんな友人よりも心を許せる関係であり、他の誰より打ち解け合っていると思っています。 彼の弟、同じく私の従兄弟とも言える男の子なのですが、彼も私たちと同じ高校で勉強と部活を頑張っ…

物語

胸のなかで、何かが流れている。ぐるぐると回っているようで、またマグマのようにゆっくりと下降している。 物語という芸術の一形式がひとが言葉を話すようになってから現在まで、何度もその危機に晒されながら、あらゆる芸術の根底から逃げも隠れもしていな…

「死に至る病」と言葉。

次の文章は、キェルケゴール著「死に至る病」の冒頭です。 「この病は死に至らず」(ヨハネ伝十一・四)。それにもかかわらずラザロは死んだ。 …一体人間的にいえば死はすべてのものの終わりである、ー 人間的にいえばただ生命がそこにある間だけ希望がある…

目玉

耐えよ、耐えよ。 わたしはわたしのみで満足するのだ。 自分自身の眼で自分自身を観察し、承認してあげるのみである。 ひとの眼など信用するな。 ひとは汚れた眼でお前を見るだろう。 そこにおいては承認も、無関心も、好きも嫌いも汚れている。 全ては利己…

君の名は希望

あぁ 名を失った君よ 名を失い 皆の偶像となった君よ 私は君への愛情を 胸に流る清い水のような愛情を … 君は詩であるから 詩の形で応えるしかないのだ 君に恋したあの日々を いまここから振り返り 歌うことしかできない またそれは 長い月日を経て 私の中に…

虚無であるということ:3「悲劇の誕生」

虚無について考えてきました。もはや私は虚無ではないですね。「何もない」ということを見つめ直すなんて、少し冷静に考えればおかしなことです。 しかし、前回の記事の「堕落論」を書いていて思いました。虚無ということは、何もないのではなく、何かが有り…

老醜

大学生は夏休みが長い。 夏休みといってもやることを探すと色々あるもので、せっかくこの若い時期の長い余暇があるのだからあれもこれもとやっていると、「日も短いものだなあ」なんて思ったりします。 夏休みなので実家の長崎に帰省しました。やはりあの街…

破壊の中に立つ男 、坂口安吾。 『堕落論』

先日、「シン・ゴジラ」を観ました。 話題沸騰中の作品ですから、様々な情報を持って座席に着いたのですが、どんなメッセージよりも、どんなリアリティよりも、私が感動したのは、ゴジラによる破壊のシーンだったのです。 あのゴジラが神であるならば、それ…

虚無であるということ:2 「アンチクリスト」

虚無とは何か。 人間が虚無であるというのはどういうことなのか。 ニーチェの話す、「消極的ニヒリズム」を克服するための「積極的ニヒリズム」、この逆説を孕んだニヒリズムは、はたして本当にニヒリズムと言えるのだろうか。 消極的ニヒリズムとは、世の中…